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阿満利麿『日本人はなぜ無宗教なのか』(ちくま新書、1996)

 著者は日本人の「無宗教」を考えるうえで、「教祖と教典、それに教団の三者」を持つ「創唱宗教」とそれらを持たない「自然宗教」とに分類することが重要だという。具体的には、キリスト教や仏教が前者に、神道が後者に当たる。そして、日本人が標榜する「無宗教」とは、欧米人がしばしば懐疑の目を投げかける「無神論」なのではなく、「創唱宗教」に対する無関心と「自然宗教」の信奉を意味するのだという。

 「盛者必衰」「生者必滅」「会者定離」――いわゆる「無常」の現世である「憂き世」のなかに颯爽と登場した法然や親鸞の教えは、「六道輪廻(註:天、人間、阿修羅、畜生、餓鬼、地獄を転生すること)の苦しみから開放されたい!」という人々の切なる願いをただ念仏を唱える(専修念仏)ことによって叶えられるとして、文字通り、信じられていたが、中世以降、次第に経済力をつけていった庶民は、どうせ答えを見出しうることのない生や死といった形而上学的なことに思いをめぐらせるよりも、いっそ「無常」の現世を謳歌しようではないか、という「浮き世」が流行した。現に「浮き世」の代名詞・井原西鶴の人生観は、「それまでの刹那的、無計画的な享楽を否定して計画的に人生を楽しむこと」「『浮き世』での実在感を数量に求めたこと」のふたつに凝縮されるという。

 そして、この「浮き世」を支えたものこそが「葬式仏教」だったと著者は強調する。もともと仏教がインドのみにあった時代には、仏教の死者祭祀ははなはだ簡素なものだったが、儒教の盛んな中国で「孝」の徳が加わったことにより、先祖崇拝儀礼へと変貌を遂げた。これを取り入れ、独特の進化を加えていったのが「葬式仏教」なのだ。古代からの神道はこの世、「葬式仏教」はあの世という日本独自の「棲み分け」の誕生である。

 しかし、明治以来の「神道とは、宗教ではなく国家の『祭祀』」という「神道非宗教論」によって、「身近な存在からはじまって、だんだんと見知らぬ、しかし霊威の強い神仏へと広がって行く」という特殊と普遍の関係が薄れ、臣民が神道の本質を受容していく過程のなかで、変わらずにあり続けた「葬式仏教」がいっそう固定化されていく。国家存亡の危機に瀕していた当時の指導者が天皇と神道とを急速に近づけたことは、ある意味ではやむをえなかったことと振り返るが、そのうえで一段落したいま、一度その有り様を見直す必要があるといえるだろう。

 著者の主張でいくつか気になったのは、津地鎮祭訴訟の「社会の一般的慣習に従つた儀礼を行うという専ら世俗的なものと認められ、その効果は神道を援助、助長、促進し又は他の宗教に圧迫、干渉を加えるものとは認められない」(最大判昭52.7.13)という判例を神道を宗教でないとみなしているとして批判したり、大日本帝国憲法第28条に「日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス」と安寧秩序の保持と臣民の義務の遵守を条件に信教の自由を認めたことに対して反発していること。前者は政教分離の立法目的を勘案しない愚ろかな考えであり、後者は宗教的行為が法によって一定の制限を受けるのは当然とする近代法を弁えていない。

 いうまでもないことだが、宗教とは「創唱宗教」であれ「自然宗教」であれ、その信仰が個人の内面にとどまっているということはありえない。もちろん、その強弱は宗教によって異なるが、それぞれの教説を他の人々に広めようとすることこそ、宗教の生命なのである。

 宗教は、「外」や「外形」に深くかかわることによってはじめて、真の宗教となるのであり、宗教が個人の内面にとどまると主張するのは、宗教の本質を知らない人のいうことか、あるいは、今までに紹介してきた、政治家たちの統治上の関心から生じた宗教観の受け売りにしかすぎないであろう。


 私が著者のこの主張には深く首肯するからして、著者はどうも明治政府が神道以外のあらゆる宗教行為の発露を禁じていたと誤解しているように思えてならない。
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法は踏みにじられた

 処分保留で釈放された中国漁船の●其雄(せんきゆう)船長(41)は25日午前4時(日本時間同5時)ごろ、中国側の用意したチャーター機で福建省の福州空港に到着し、妻子や中国外務省幹部ら関係者数十人の出迎えを受けた。(●は「擔」のつくりの部分)

 野球帽をかぶった船長はチャーター機のタラップを降りる際、両手を上げてVサインを作った。空港の貴賓室で約45分間、国内メディアの取材などに応じ、空港を後にした。国内を中心に100人近い報道陣が詰めかけたが、十数人の日本メディアは「事前登録がない」との理由で、空港内の取材から排除された。

 新華社電によると、船長は「共産党と政府の配慮、そして祖国の人々の関心に感謝する。日本が私を逮捕、拘置したのは違法だ。釣魚島は中国の領土で、政府の立場を断固支持する」と語った。船長は健康診断などを受けた後、同省晋江市の自宅に戻るとみられる。(25日付読売新聞「中国人船長が帰国…『逮捕、拘置は違法』」)


 尖閣諸島沖での中国漁船による衝突事件を受け、漁船船長を逮捕、勾留していた那覇地検は24日、船長を処分保留で釈放することを決定し、船長は翌日未明に帰国した。処分保留とした理由について、那覇地検の鈴木亨次席検事は「わが国国民への影響と今後の日中関係を考慮した」、今後の起訴の可能性についても、「尖閣諸島付近の海域の状況や日中関係の推移を見ていくことになる」と述べた。

 これはわが国の伝統ある法秩序が蹂躙されたことにほかならない。いうまでもなく、検察にはこうした政治判断を行う権限がない。越権ということである。しかも、船長は自身の行った「体当たり」が明らかな違法行為であるにもかかわらず、那覇地検の取り調べに対して、「現場は中国の領海だ」と供述してきた。つまり、自国領海内で操業していた自分が日本の法律で裁かれるのは不当だ、と主張しているのである。その船長を起訴せずして釈放すれば、尖閣諸島における中国の領有権を認めることにつながりかねないではないか。

 本来、検察は外交や政治上の問題に悩まされることのないよう「粛々と」判断できる体制となっている。しかし、今回は検察自らその防波堤を踏み越えていった。なぜか。総理不在の官邸を取り仕切った仙谷由人官房長官がこの判断に一枚噛んでいることは間違いない。暗に指揮権を発動していたということである。麻生太郎元首相はいった。「いつから地方の、地検の次席検事ぐらいが国際のことを考えて、法律曲げるんだね。おかしいと思わんかね」。

 検察による釈放の一報に触れ、海上保安官が気の毒でならない。領海侵犯に耐え、違法操業も忍び、公務の執行を妨害されて、ようやく逮捕に至る。それでも、検察は起訴しない……。士気が低下し、萎縮するのも無理はない。だがしかし、国民のほとんどは海上保安庁の味方である。いかなる犯罪者であっても徹底的に捕まえ、それをマスコミが報じる。国民、マスコミ、海保が一丸となって、検察の「ことなかれ主義」を糾弾していこうではないか。法を棄てた検察は禽獣にほかならないのだから。

 今回の決定は法の権威の失墜を招いただけでなく、外交の敗北でもある。2004(平成16)年、中国人活動家7人が尖閣諸島・魚釣島に上陸したため、沖縄県警が出入国管理法違反(不法入国)の疑いで活動家らを逮捕するという事件が発生した。しかし、国外退去による解決を望む検察の意向に従った県警は、身柄を那覇地検に送致せず、福岡入国管理局に引き渡し、7人は強制送還された。この措置について、当時の小泉純一郎首相は「法に基づいて適切に処理するということで対処してきたし、同時にこの問題が日中関係に悪影響を与えないように、大局に判断しなければいけない。そういう基本方針に沿って関係当局に指示している」とコメントしたが、それでも一応は威信を示した直接強制であった。今回の「野放し」とはまるでちがう。

 一方、世界はこの問題に立ち向かう日本の姿勢を関心と期待をもって見守っていた。特に西沙諸島や南沙諸島の領有権を含む南シナ海の権益をめぐって、中国と対立してきた東南アジア諸国は、日本に「確固たる姿勢」を求めてきた。それもそうだろう。彼らは長年、中国の脅威に怯え、ときに衝突を繰り返してきたのだ。ところが、「あの日本」の面影は消え失せて久しい。力を落としただろうか、それとも納得か。

 単独では劣るフィリピン、ベトナム、インドネシアなどの国々は、中国との個別交渉を避け、東南アジア諸国連合(ASEAN)一丸となって取り組んでいるほか、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、インドに協力を求めている。7月に行われた東南アジア諸国連合地域フォーラム(ARF)では、アメリカとベトナムがタッグを組むという数十年前ではありえない情景も見られた。かくいう日本も一対一では競り負ける。ならば、国際社会を巻き込むべきではなかったか。

 1996(平成8)年には、アメリカのモンデール駐日大使が「尖閣諸島は日米安保条約の適用外である」との発言をしたことがあったが、このほどクリントン国務長官からも「明らかに日米安保条約が適用される」との言質を取り付け、尖閣諸島が日米安保条約5条の「米国の対日防衛義務」の対象となることを確認した。ただ、同国のクローリー国務次官補(広報担当)は、尖閣諸島の領有権の所在についての明言を避けており、アメリカすら味方とはいえない。対等な日米関係を唱えるなら、アメリカのこの態度をこそ改めさせなければならないはずだ。

 22日には、中国政府が日本へのレアアース(希土類)の輸出を全面禁止したという情報も飛び込んできた(ニューヨーク・タイムズ)。政府による禁輸となれば、世界貿易機関(WTO)の協定に違反する可能性が出てくる。だから、強気の中国政府とてお茶を濁すのだ。レアアースの一種であるネオジウムやジスプロシウムは、エコカーや液晶テレビ、携帯電話の製造に必要な高性能磁石に欠かせぬ鉱物資源だ。中国が世界需要の97%を供給しているため、ほかに担い手はない。だが、資源を握る一方、中国には加工する技術がない。当分の間は、中国だって持て余すのである。

 いずれにせよ、レアアースの輸出を止められようとも、わが国には正義を守る責務がある。東京都の石原慎太郎都知事がいった「何のために、何の利益を追求するのか。観光? 貿易? そういう金銭の利益以上のものが国家にとってあるだろ。これでとんでもないものを失うんだよ」(24日)ということである。それにしても、この問題に対して、経済優先を唱える経済界や街のビジネスマンには辟易した。

 2006(平成18)年、経団連の奥田碩会長(当時)が小泉首相(当時)の靖国神社参拝に自粛を要請するということがあったが、この金銭至上主義が私を商人(あきんど)嫌いへ駆り立てる。経済が重要なのはいうまでもないが、中国へ行く要人よ、あなたがた中国人が見聞きできる情報は限られている。あなたがたの政府がいかなる統制をしているか、一度外に出てみてほしい。あなたが北朝鮮を嘲笑っているように、日本人もあなたを嘲笑っている、ぐらいのことをいったらどうだ。はらわたが煮えくり返る思いである。

大国に怯むな

 中国の温家宝首相による上海万博招待を受け、21日から予定されていた日本の大学生ら約1000人の上海訪問について、中国側が受け入れを延期すると日本側に伝えたことが20日分かった。

 日本の外務省によると、中国の受け入れ団体が19日夜、北京の日本大使館に対し「現在の雰囲気でこのような友好交流事業を実施することはふさわしくない」と延期を通告した。尖閣諸島(中国名・釣魚島)付近で起きた日本の巡視船と中国漁船の衝突事件への直接的な言及はなかったものの、中国政府は同日夜、中国人船長の拘置延長に抗議し、日中間の閣僚級以上の往来停止などを発表しており、対抗措置が両国の交流事業にも波及した形だ。

 延期通告を受け、日本政府は直ちに「訪中直前の決定は極めて不適切かつ遺憾だ」と中国側に申し入れた。 

 今回の万博招待は、5月末に訪日した温首相が鳩山由紀夫首相(当時)との首脳会談で表明。西村智奈美外務政務官を団長に大学生と各都道府県の代表が、21~24日に上海市を訪問する予定だった。渡航費や宿泊代などは中国側が負担し、中国共産党傘下の中華全国青年連合会が受け入れ窓口を務めていた。

 日中の青少年交流ではこのほか、中国側の招待で10月19日から日本の高校生ら約1000人が北京市などを訪問する予定だが、外務省によると現段階では中国側から延期通告はないという。(20日付時事通信「邦人青年1000人の万博招待延期=尖閣問題、日中交流事業にも影響」)


 尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件をめぐって、日中両国の関係が緊張の度を増してきた。中国政府が閣僚級会合の凍結を通達してきたのである。これは公務執行妨害容疑で拘束している漁船船長の勾留期限を10日間延長したことに対する歴とした報復措置とみるべきだろう。

 しかし、日本は怯むべきでない。漁船は領海を侵して密かに操業していたため、当然にして農林水産省の許可を得ていない。この時点で、船長は立派な罪を犯しているのである。しかも、海上保安庁が臨検の実施をちらつかせると、たいていの漁船がすごすごと逃げていくなか、この漁船だけは体当たりを試みてきたのだ。本来なら領海侵犯や違法操業はひとり残らず処罰すべきだろうが、そうはなかなかいかないものだ。ならば、より悪質なものから捕まえ、罰していくのはごく自然なことではないだろうか。大国にいかなる圧力をかけられようとも、わが国は耐え忍び、正義を貫いていかなければならない。これが先祖伝来の美徳なのだ。

 ここで尖閣諸島の領有権の所在をもう一度、確認しておきたい。尖閣諸島は1895(明治27)年、ほかに領有権を主張する国がないことを確認したうえで、正式にわが国の領土に編入された。ゆえに、同年に締結された下関条約で定められた「日本国ニ割与ス」る地域に尖閣諸島は含まれていない。そればかりか、1970(昭和45)年以前に中国で発行されていた地図では、日本の領土に色分けされていた。ところが、直後の1971(昭和46)年、中国は尖閣諸島の領有権獲得に意欲を見せ始める。国連アジア極東経済委員会(FCAFE)が1969(昭和44)年、尖閣諸島近郊に石油、天然ガスなどの地下資源が豊富に眠っていることを発表したからだ。「うそも百回いえば真実になる」と信ずる民族にもはや付ける薬はないのだろうか。

日本近海における最近の中国の活動

(11日付産経新聞「防衛白書 中国軍は『懸念事項』 沖縄通過で表現強める」より)


 尖閣諸島に関する動きもさることながら、中国のここ数年の暴走はとても見過ごすことができない。2000(平成12)年と2008(平成20)年には、中国海軍の艦艇が津軽海峡を通過したのち、太平洋上で示威行動を展開する事態が発生したが、近年は沖縄周辺の海域をわが物顔で航行している。漁船などの民間船舶による侵犯であっても問題なのだが、ことは中国海軍である。まことに異常かつ剣呑な事態だ。そして、これが大した事件にもならずに、いつしか忘れ去られていく。これも異常である。この国はいつ中国と交戦してもまったく不思議でないし、日米同盟が揺らげば沖縄などはすぐにでも奪われる。現に明治日本が沖縄を侵略したとの論文がにわかに中国国民の関心を集めているではないか。

 中国はいま、日本政府の対応を注意深く見守っている。「過去」に対する不当な罪悪感は、往々にして「現在」を歪めるものだが、前原誠司外相はなぜだかその色が少し薄い。反日デモの来賓や部落解放同盟の副委員長を閣内に揃える空前絶後の左翼政権のなかにあっては、野田佳彦財務相とならぶ光明である。政府が出方を誤れば、中国の暴走をますますエスカレートさせることになる。この事件の沈静を闇雲に急ぐのではなく、中国の脅威に相対する日本の布陣を整えるきっかけにしてほしい。

島嶼・権益・シーレーン防衛こそが繁栄の生命線

 北京の日本大使館は15日、尖閣諸島(中国名・釣魚島)付近で起きた中国漁船衝突事件に絡み、日本に抗議する行動が散発しているため、在留邦人や日本人観光客、出張者に対し、安全確保に十分注意するよう呼び掛けた。

 大使館によると、邦人社会を標的にした抗議行動やデモが行われるとの具体的な情報はない。公安当局からは「邦人の安全に万全を期す」と連絡を受けているという。ただ、18日には満州事変の発端となった柳条湖事件から79年を迎える。

 反日ムードが盛り上がる恐れもあり、大使館は(1)広場など人が集まる場所では周囲に注意を払う(2)中国人と接する際に言動や態度に注意する(3)日本人同士で集団で騒ぐなど刺激的な行為は慎む-ことを呼び掛け、注意喚起している。

 また、反日世論を警戒し、北京の日本人学校は18日に予定していた運動会を10月に延期した。中国公安当局と日本側の話し合いで決めたという。一方、中国側も日本企業などで働く中国人に対し、日本料理店への出入りを含め行動に注意を払うよう通知した。(15日付時事通信「抗議散発、邦人に注意喚起=漁船衝突で反日警戒-日本大使館」)


 尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突し、漁船船長が逮捕された事件を受け、中国国内の反日ムードが高まっているという。2005(平成17)年に頻発した反日デモからわれわれが学んだように、中国国民は悪びれることなく、日章旗を焼き払い、日本関連施設を際限なく破壊する。このことを踏まえ、在留邦人や観光客には十分ご注意いただきたいのだが、中国国民の民度を世界に知らしめるにはよい機会でもある。この国の病理をとくと見守りたい。

 事件の発端は日本固有の領土である尖閣諸島の周辺において、中国漁船が領海を侵して、違法操業していたことにある。そのこと自体がすでに問題なのだが、当該漁船はあろうことか、海保の巡視船に衝突を試みる。海保は今年、尖閣諸島近海を航行する中国漁船に対して、14件の立ち入り調査を行ってきたが、船長や船員の逮捕に至ったのは今回が初めてだ。穏健な海保を駆り立てたのは、限度を知らない中国側であり、その罪は重い。

 一方の海保も(1)領海侵犯(2)違法操業(3)公務執行妨害の3要件を充足するまで逮捕しないというのは、あまりに腰が引けすぎてはいまいか。この漁船が逮捕された際には、少なくとも数十隻の中国船籍が尖閣近くの日本領海を侵犯していたといわれている。(1)領海侵犯を取り締まる法律は存在しないが、(2)違法操業、(3)公務執行妨害は現行法で罰することができる。これを機に、海保には毅然とした職務執行をお願いしたい。

 それにしても、中国の一連の居丈高な態度は、いったい何様のつもりなのだろうか。当初から丹羽宇一郎駐中大使を深夜に呼び出すなど日本に対する圧力を強めており、このほどは今月中旬に予定されていた東シナ海ガス田共同開発に関する条約締結交渉の延期を伝えてきた。また、沖縄本島西北西に位置する日本の排他的経済水域(EEZ)内で海洋調査中の海上保安庁測量船2隻に対しても、調査の中止を要求。太平洋の権益をアメリカと二分することを目標に掲げる中国の動きはここ数年、激しさを増している。

 そこで、中国が狙っている日本の島嶼(とうしょ)や権益、シーレーンを保全することがわが国の生存と繁栄を決定づけるのはいうまでもない。核兵器や弾道ミサイルから本土を守ることはもちろん大切なのだが、より可能性が高いのは島嶼や権益、シーレーンの侵犯、占領だ。すでにわが国はロシアに北方領土を、韓国には竹島を不法占拠され、中国には日本のEEZ内のガス田を奪取されている。われわれは核やミサイルの脅威と等しく――あるいはそれ以上に――、この脅威に向き合っていかなければならない。

国立追悼施設建立に向けたたしかな布石

 原口一博総務相は7日、靖国神社にA級戦犯が合祀(ごうし)される過程で国がかかわった行政手続きに問題がなかったかを、国として初めて検証する考えを明らかにした。有識者や政務三役などによる検討会を近く総務省に設置する方針。靖国神社は合祀について「国の事務手続きに従った」と主張しており、過去の行政手続きが不適切だとされた場合、合祀の有効性が問われる可能性もある。

 靖国神社への戦没者の合祀を巡っては、1956年に国が都道府県に事務協力を要請。都道府県の協力で戦没者の身元を確認し、厚生省(当時)が靖国神社に送付した祭神名票(戦没者名簿)に基づき神社側が合祀した。しかし厚生省は憲法の政教分離に抵触する恐れがあるなどとして、71年2月2日に「56~70年の間の靖国神社合祀事務協力に関する通知を廃止する」との通知を都道府県に出している。

 東条英機元首相らA級戦犯の祭神名票が神社に送られたのは66年2月。その後、神社と厚生省の打ち合わせ会で一時は「合祀可」となったが、12年間「保留扱い」とされた後の78年10月、松平永芳宮司(当時)の下で14人が合祀された。「56~70年の通知を廃止」とする通知は合祀前に出されており、その扱いが議論になっている。

 原口氏は7日の総務省政務三役会議で、71年の通知について「(合祀事務協力の)行政的な手続きが無効であるとすると、(その後にA級戦犯が)合祀されている史実自体が、歴史の事実と違うことになる」と指摘。「行政手続きに瑕疵(かし)があったとすれば、今までのものを塗り替えなければいけない。事実に基づいて検証をしなければいけない」と、行政手続きの有効性を見直す可能性も示唆した。

 同神社には太平洋戦争の戦死者約213万人が祭られている。合祀者数がピークだった50年代は厚生省引揚援護局の旧軍人が合祀事務を担当し、毎年10万人以上が合祀された。70年代には大半の合祀事務が終わっている。(8日付毎日新聞「原口総務相:A級戦犯の合祀手続き検証へ、省内に検討会」)


 原口一博総務相は7日、靖国神社へのA級戦犯の合祀をめぐって、国の関与が適切であったかどうかを検証する方針であることを明かした。この時期に靖国問題を取り上げた原口氏のねらいとは、いったい何なのであろうか。A級戦犯が合祀されているがために、天皇陛下や総理大臣が靖国神社に参拝できないでいる。できることならA級戦犯のみを「分祀」したいところだが、神道に「分祀」の概念がないため、あの合祀自体を何とか無効にできないだろうか――。

 しかし、極東国際軍事裁判所条例(チャーター)という事後法によって裁かれたA級戦犯は、法学的に「戦争犯罪人」でないうえ、国内法でも「戦争犯罪人」とはされていない(1953年8月3日衆議院本会議「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」)。1979(昭和54)年5月26日には、天皇陛下が彼らのお墓である「殉国七士廟」に向かって「お参り」をされている(若狭和朋『日本人が知ってはならない歴史―戦後篇』〈朱鳥社、2009年〉)。にもかかわらず、A級戦犯を靖国から排除することは、類を見ない私刑・極東国際軍事裁判(東京裁判)と怪文書・富田メモを是認することになりかねないと危惧している。

 前年にA級戦犯が合祀されていた旨の報道がなされたのは、1979年4月19日のことであったが、その後も大平正芳、鈴木善幸両首相が実に平穏に参拝している。ところが、中曽根康弘首相が在任中10度目となる参拝を行った1985(昭和60)年8月15日、突如として中国側の反発に遭う。6年前には、どの新聞も大々的に報じていたのに、中国政府だけが「トク落ち」していたとは到底、考えられない。ソ連の次の敵を模索するなかで、浮かび上がってきたのがほかならぬ日本だったからにちがいない。

 1956(昭和31)年、厚生省引揚援護局(当時)から都道府県に対して、合祀の事務に関する協力を要請。1966(昭和41)年には、A級戦犯を含む「祭神名票(戦没者身分等調査票)」が靖国神社へ送付されている。しかし、祭神名票という宗教色を帯びた用語が行政文書に記載されているとの指摘を受けた厚生省は1971(昭和46)年、それまでに送られた祭神名票等を含む一連の通知を撤回することを表明。1978(昭和53)年10月17日、撤回された祭神名票をもとにA級戦犯は合祀されたのだった。原口氏はこの点をえぐることで、1978年の合祀を無効にしようとしている。たしかに、これらの祭神名票は行政が主導して作成されたものだが、そこに記載されていたすべてが合祀されたわけではない。つまり、一宗教法人としての独立性に何らの圧力も加えられていないのだ。真に検証すべきは、厚生省がなした方針転換の妥当性ではないだろうか。

 憲法20条にいう「政教分離の原則」をより厳格に適用すれば、正月に行われる閣僚の「おかげ参り」から葬儀への参列まで多大な不都合を被ることになる。けだし現行憲法といえども、そこまでの分断を要求するものでない。もちろん、靖国参拝が宗教の発露であることは疑う余地もないが、それが神道をことさら「援助、助長、促進」するものでなければ、他の宗教をいたずらに「圧迫、干渉」(いずれも最大判昭52.7.13)するものでもない。むしろ、積極的にそうしているとすれば、それは朝日新聞をはじめとする激しやすいメディアではないだろうか。
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プロフィール

オーデーベース

Author:オーデーベース
 顔と名前をお見せするその日のために、鄙見を認(したた)めてまいります。市政か、県政か、あるいは国政かわかりませんが、愛する日本と故郷のために勇往邁進することをお誓い申し上げます。

 人ひとりにできることは限られております。あるいは遺産も功績も何ら残せずに終えてしまうかもしれません。ただ、あのころの先人はよくやったと後世に云われたとき、その十把一絡げにされた先人のひとりにでもなれたのなら、それは大変喜ばしいことであります。子孫に少しばかりはわれわれを顧みてもらいたいなどというおこがましい希望はだれにでも起こりうるのではないでしょうか。それは、おおいに欲深い願望なのかもしれません。しかし、先祖を回顧していないわれわれだけが回顧されようなどという考えそれこそがおこがましいものであるにちがいありません。

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