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初の国政選挙を終えて

 8月30日に投開票が行われた第45回衆院総選挙で、民主党が308議席を獲得する大勝利を収めた。「小泉旋風」に吹かれた有権者の「自民党はダメだから今度は民主党」という軽佻な判断が、民主党にこれほどまでの議席獲得を許したのだろう。民主党に投じた方のなかで、「自民党にお灸を据えた」という自負心を有する方がいるならば、それは慢心をお持ちの方である。重力に任せて揺れ続ける振り子――これでは日本に真の二大政党制は決して訪れない。最速を記録する最下点で止(と)まる勇気と速度零で止(どど)まる分別を持たなければならない。私は今でも、自分の投じた一票に間違いはなかったと思っているし、4年後もその気持ちは変わらないだろう。変わらないばかりか、いっそう強固なものになるはずだ。

 ■その生活を支えているのは国家

 たしかに、生活はわれわれの日常を左右するものであり、大切にちがいないが、日本にはそれを選挙の最大の争点として問えるほど、健全な政治体制が確立してない。憲法、安全保障、教育など国家の最重要課題を軸に、二大政党が対立しているわけではない。どちらかに多少の偏りはあっても、所属政党と自身の政治信条とのギャップの埋まらない議員がたくさんいる。憲法改正が党是の自民党内に、改憲絶対反対派がいるのがその象徴だ。この最大課題でまず分かれてこそ二大政党制が確立する土壌ができる。

 これからどこまで日本が弱体化していくかわからないが、もう二度とこのような愚かな投票をしないよう有権者は成長しなければならない。選挙直後、現・農水相の民主党・赤松広隆選挙対策委員長(当時)が「民主党」「若さ」「イケメン」の3点が当選のポイントになったと言い放った。国民が議員を甘やかし、今度はその議員に愚弄されている。この現状を打破するためには、われわれの一票のもつ意義を噛み締め、責任を重く感じ、「民主党に一度やらせてみよう!」ということの浅はかさを痛感し、次回選挙に赴くことだ。代議士の質は、ひとえに有権者の自覚により、劣化もし、改善もするのだから。

 また、鳩山由紀夫代表(当時)はことあるごとに「憲政史上初の政権交代」と嘯(うそぶ)いたが、それは自身が1993(平成5)年に自民党を飛びだし、政権を握ったあと、大きく政治が停滞したことを隠すための妄言にほかならない。過去にも政権交代は行われたのにもかかわらず、数々の問題を引き起こしただけで終わってしまった。これに対する説明と反省さえなく、「初の政権交代」という喧伝は、止(よ)していただきたかった。

 ■届かなかった拉致被害者家族の声

 わが愛知3区はというと、近藤昭一候補(民主党)が、次点の馬渡龍治候補(自民党)をダブルスコア以上(惜敗率44.6%)の大差で下すという不本意な結果に終わった。この選挙区は、国家観の明確に異なる全国屈指の選挙区であったが、この有様である。果たして有権者は、近藤氏が朝鮮民主主義人民共和国の創建50周年祝賀宴に参加していたことをご存知か。

 国防委員会委員長という、国家を代表する地位に立たれたことを、心から祝福する。

 日本では少し前、共和国の「弾道ミサイル問題」に対し、過敏に反応した。この対応を大変遺憾に思う。日本はもっと冷静に対応すべきだった。

 日本の共和国への理解が足りないということで誤解が深まり、関係が悪化することを何よりも避けたい。日本は対話の窓口を閉ざすべきではない。

 今後は、金正日総書記がさらに指導力を発揮し、日朝関係が発展することを望む。


 「日朝関係の発展望む」と題された金正日国防委員長に対するこの驚くべき祝辞を見てもなお、虫唾(むしず)は走らぬか。貴兄貴姉はそれでも近藤氏に投じるか。近藤氏は民主党のなかでも、異常なほど北朝鮮、韓国に執着しているのである。2007(平成19)年2月1日発売(2月8日号)の「週刊新潮」によって、2002(平成14)年に政治資金規正法に違反して、朝鮮総連傘下のパチンコ関連企業5社から合計320万円の献金を受けていたことが暴かれた。同日付で読売新聞が報じている。

 政治資金収支報告書などによると、献金していたのは、名古屋市内にあるパチンコホールや機械器具設置会社など5社。代表者は、朝鮮総連傘下の在日本朝鮮人愛知県商工会の副会長を務め、朝鮮総連系の新聞で紹介されたこともある。5社は02年、会社名で110万~30万円を寄付していた。政治資金規正法では、外国人が過半数の株を所有する企業から政治献金を受けることを禁止している。

 近藤議員は当選4回で、昨年2月から民主党愛知県連代表。読売新聞の取材に1日、「私自身の信念もあり、帰化しているかどうかを本人に確認することはしなかった。(会社の)株式保有の比率についても、詳細をすべて調べるのは難しく、把握していなかった」と説明した。(2月1日付読売新聞「民主・愛知3区総支部へ総連系企業から献金320万円」より)


 拉致、核、ミサイル問題に悩まされている日本にとって、愛知3区の有権者は、有益な議員を選出したといえるだろうか。公示日に行われた馬渡氏の出陣式に横田滋家族会前代表が出席し、涙ながらに解決を訴えても、被害者家族の悲痛な叫びは、愛知3区の選挙民に届かぬか。

 ■小選挙区の問題点浮き彫りに

 安定した政権運営が可能といわれる小選挙区制度であるが、これほど軽躁(けいそう)な民であれば、それもなかなか難しい。思い起こせば、一貫して政党政治を忌避した山県有朋はそれまでの小選挙区制から大選挙区制へと移した。多党乱立を狙ったのである。反対に、平民宰相として親しまれ、人気の高かった原敬は、一転して小選挙区制を好んだ。そして、郡部に支持基盤をもつ政友会や都市部に地盤をもつ憲政会、革新倶楽部(護憲三派)に支えられた加藤高明内閣では、安定的議席獲得のために中選挙区制へと移行した。戦後は、鳩山一郎首相によって小選挙区制が用いられた(ハトマンダー)ほかは、1993(平成5)年まで一貫して中選挙区制を採用したが、自党候補とも競うこの制度は派閥の力がものをいい、「金権政治」との批判が集まり、以降現在まで小選挙区制度用いられている、というのが、日本の選挙制度の大まかな流れだ。このように時代の趨勢(すうせい)を見極め、さまざまな区割りがなされてきた。旧田中派の流れを汲(く)む平成研究会(現額賀派)の凋落を見れば、この選挙区制度というものが、いかに影響を持つかはおわかりであろう。自主憲法の制定を悲願とする私にとって、中選挙区を肯定する理由などないように思われたが、この結果偏頗(へんぱ)なるを知って考えずにはいられなかった。

 ■来夏の参院選に向けて

 安倍晋三、福田康夫両首相の相次ぐ辞任に対し、「民意を得ていないのだから、早く解散すべき」と野党・マスコミは暴論を展開し続けたが、それは野党にのみ許された愚論である。間違っても、目先のポピュリズムに走ったマスコミ、それに追従した世論からは、そんな批判は出てこないはずである。衆院議員の任期は4年なのである。21日付朝日新聞朝刊一面に踊った「内閣支持急落48% 『指導力発揮せず』74% 本社世論調査」の文字は衝撃的だった。この国の民の良識は、もはや崩壊しているといわざるをえない。3ヵ月前に支持していたものは今も当然、支持してしかるべきであり、万一、不支持に回るのなら、この政権は二度と支持せぬという強い意志の発動と引き換えにのみ許されるはずである。残念ながら、この点における常識の欠落は、わが国民の欧米に著しく劣る点といわねばならない。

 われわれは選挙に投票する権利を持つが、選挙で決まったことを尊重する義務もある。もうしばらくは辛抱だ。来夏には、参院選挙が控えている。教育行政に詳しい自民党女性議員も任期を終え、再選を目指す。二度と「衆愚の選択」を繰り返さぬために、候補者を慎重に吟味し、投票に出向いてほしい。
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永遠に続く中韓の謝罪要求(下)

 ■軍による慰安婦強制連行という虚構

 慰安婦が存在したことは事実であり、問題は当時の軍、または政府による強制があったか否かである。なぜこのようなことをあらかじめ断っておくかといえば、驚くべきことに、この点に関する事実誤認が今なお、散見されるからである。もともと「従軍慰安婦」ということば自体が存在しなかったが、千田夏光氏の著書『従軍慰安婦』(双葉社、1973)に始まり、陸軍に所属していた吉田清治氏が『朝鮮人慰安婦と日本人』(新人物往来社、1977)という作り話(フィクション)を記したことでいよいよ本格化した。ところが、その当人は自書が虚構であったことをのちにあっさり認めてしまった。このような日本人として、とりわけ元帝国軍人としてあるまじき、世間をただただ困惑させただけの法螺吹きには、厳しい制裁が下されてしかるべきであるが、これも前項の『朝鮮人強制連行の記録』と同様に嗅ぎつけたマスコミ、とりわけ朝日新聞の仕業であった。

 朝日新聞の悪行はなおも続く。1991(平成3)年8月11日、記事で元慰安婦と報じられた金学順(きんがくじゅん)氏は、実際は身売りであったにもかかわらず、朝日新聞記者・植村隆氏は「女子挺身隊」と「従軍慰安婦」を無理やり結びつけた。軍の強制いかんの前に、強制連行同様、検証すれば、すぐに虚偽だということがわかるはずである。たとえば、1947(昭和22)年に慰安施設で苦痛を強いられていたとか、証言者の年齢から戦後の経過年数を引くと、小学生にも満たないとか、粗笨(そほん)な証言を抱えたまま元慰安婦であると名乗り出ている。もちろん、身売りや金銭目的であったとしても、女性の本懐でなかったことには変わりなく、不幸であったことは承知しているが、当時の政府が人攫(さら)いのごとく連れ去ったり、甘言によって誘拐することを厳しく禁止していたことは紛れもない事実であり、また多くの歴史家の認めるところである。

 支那事変地に於ける慰安所設置の為、内地に於て之が従業婦等を募集するに当り、故らに軍部了解等の名義を利用し、為に軍の威信を傷つけ、且つ一般民の誤解を招く虞あるもの、或は従軍記者、慰問者等を介して不統制に募集し社会問題を惹起する虞あるもの、或は募集に任ずる者の人選適切を欠き、為に募集の方法、誘拐に類し警察当局に検挙取調を受くる者ある等、注意を要する者少なからざるに就ては、将来是等の募集に当たりては、関係地方の憲兵及警察当局との連繋を密にし、以て軍の威信保持上、並に社会問題上、遺漏なき様配慮相成度、依命通牒す。(1938〈昭和13〉年3月4日付陸軍省兵務局兵務課「軍慰安所従業婦等募集に関する件」より)


 資料も根拠もなく、旧日本軍に慰安婦調達の強制性を認めたいわゆる「河野談話」も大きな問題であった。宮沢喜一首相(当時)や河野洋平官房長官(当時)は、強制性を認めさえすれば、決着がつくと判断した。そもそもはこれが大きな誤りである。当時官房副長官だった石原信雄氏は、この判断が韓国側の資料のみに基づいた政治判断で、慰安婦調達の強制性を裏付けるような証拠はなかったことを認めている。国売りし当事者が政界を去った今、確たる事実を持たない談話の撤回が改めて求められる。

 また、韓国側としても、貞操観念の強い民族の自尊心を守るためには、自発的ではなく、日本軍の強制という不可抗力が潔癖な韓国人を一時的におかしくしたという言い訳がほしかったのではないだろうか、そんな見方もある。なぜなら、同じく当時、日本だった台湾では、ここまでの騒ぎはないからだ。現在の尺度で眺めれば、慰安婦それ自体を是認しがたいが、当時、売春は世界各国で認められており、日本の慰安婦も民間業者と正式な雇用契約を結んでいた。こういった歴史は、広く人類の汚点として反省すべきだろう。しかし、現在と過去の混同は避けるべきである。朝鮮半島を取り巻く儒教思想をわれわれも学び、相手のねらいを見極めた賢明な外交力を身につけたい。

 ■大虐殺説定着への恐れ

 前述の南京大虐殺とは、1937(昭和12)年12月13日の南京陥落の翌日から6週間の間に、非戦闘員や捕虜を含む大量の中国人が殺害されたとする事件である。松井石根(いわね)大将が命令を行ったとされ、のちに東京裁判によって絞首刑に処せられた。実は、その松井大将は大の親中派として知られ、日中戦争における日中双方の犠牲者を弔うため、熱海に興亜観音を建立している。南京事件については諸説あるが、まず中国側が主張する30万人虐殺は、当時の南京の人口が20万人程度であったことからしてもありえない。彼らが訴えるようにいくら日本軍が残虐非道だったとしても、「人なきところに殺人なし」なのである。これは中国側の一方的な主張であり、今後も数値のさらなる改竄が懸念される。

 私は歴史の専門家でもなければ、この件に関して読んだ書物も少ない。したがって、私見としてにとどまるのだが、日本軍が行った便衣兵(ゲリラ)掃蕩作戦は市民に扮した便衣兵が多数存在したためにずいぶん手を焼いたという。それゆえ、便衣兵と市民との見間違い、あるいは流れ弾によって無辜(むこ)の民を殺傷しなかったとは考えられない。だが一方、当時中国側が国際連盟において「南京における日本軍の暴虐」と主張した際は、犠牲者数を2万人と報告しており、これに対して、国際連盟から非難決議が出されなかったことからしても、論争にあるような2万人以上を虐殺したとは考えづらい。また、当時の日本軍の武装・設備からして、大量虐殺が可能であったか、また本来見つかるはずの大量の人骨も見つかってはいない。捕虜としての資格を逸していた便衣兵を殺傷したのか、あるいは彼らまでも軍法会議にかける必要があったのか、百人斬り競争の有無など論争はまだまだ絶えない。

 ■中華思想の恐ろしさ

 いくら謝罪をしても、絶対に許すことはないという恐ろしい中華思想の実態をわれわれはもっと知らねばならない。当時、アメリカ政府が、ルース・ベネディクトに日本を調査するよう依頼したように、日本が中韓に対して、文化人類学的アプローチを試みることも、意味のないことだとは思わない。歴史は残る。だから、たとえ虚実であっても、恥じない歴史の構築が必要である、とする思想圏に生きるものに、われわれが安易に近づけば、大火傷を負うことは不可避なのである。

 われわれの多くは、「水に流す」「ときがたてば忘れる」とかいう元来備わっている忘却の弧が正常に機能している。あの無差別かつ大量殺戮、2発の原爆によって、無量の同胞を失えど、今アメリカとは友好関係にあり、国民レベルの交流も厚い。700年間もの間、欧州の搾取に涙したアフリカの怨恨感情も、今ではずいぶん薄いという。民族性ということばに矮小化せずとも、いたずらに敵愾心(てきがいしん)を煽ってきた2つの政府の過失は大きい。

永遠に続く中韓の謝罪要求(上)

 中国・南京の「南京大虐殺記念館」で十二日夜、旧日本軍の南京占領に伴う犠牲者を追悼する灯籠(とうろう)流しがあった。七十二年にあたる十三日には式典が開かれる。

 同館は一昨年、新装オープンした。灯籠流しをするのは今年初めて。あいにくの雨の中、館内に新設した「平和公園」の池に市内の小学生ら約五百人が集まり、朱成山館長は「平和を祈り、慰霊の火をともしましょう」とあいさつした。

 小学生の代表が館内でともし続けている慰霊の火から採火。ハスの花をかたどったキャンドル形の灯籠に点火し、参加者が次々と池に流していった。(12月13日付東京新聞「旧日本軍占領72年 南京で灯籠流し虐殺犠牲者追悼」より)


 今年も無垢(むく)な少年少女がここを訪れ、黒い教育に染められる。彼らが真の歴史を知れないことを不憫に思えてならない。それでも、「大虐殺」なるものがあったと主張し、「大虐殺」を糾弾するのであれば、現在進行形のチベット、ウイグルの弾圧、および大虐殺をただちにやめると同時に、「チベット・ウイグル大虐殺記念館」を創らせなさい。それもできずして、あったか、なかったかもわからない「大虐殺」に憤慨しなさるな、と声を大にして言いたい。怒りに震える思いであるが、日本と中韓との間に横たわる歴史問題について、つまり中国人、韓国・朝鮮人、そして「戦後日本人」の誤解をここで一気に晴らしておきたい。

 ■強制連行に卑屈になる日本人

 朝鮮や台湾では、これまで陸軍志願兵制度などを通じて現地の人々が兵士として日本軍に加わっていたが、朝鮮には1943(昭和18)年、台湾には1944(昭和19)年に徴兵制が施行され、朝鮮・台湾の人々も兵役の義務を負うこととなった。また、多数の中国人・朝鮮人が強制的に日本に連行され、鉱山や土木工事現場などで働かされた。女性たちのなかには、戦地の日本軍の慰安施設で働かされた者もいた(いわゆる従軍慰安婦)。


 これは、歴史教科書のなかで圧倒的採択率を誇る山川出版の『詳説日本史研究 改訂版』(山川出版社、2008)からの抜粋である。これを目にし、意気阻喪した。もちろん「過去に」ではなく、「未来に」である。

 まず、日本にいる在日韓国・朝鮮人には、大別すると3つの潮流がある。併合以前に貧しかった済州島からやってきた密入国者、戦争中に豊かな日本へ職を求めて移住してきたもの、済州島四・三事件や朝鮮戦争の戦災を逃れてやってきた密入国者である。そのほか、同じ性別・年齢の日本国民にとっては、すでに義務であった徴用が、朝鮮でも開始(内地・台湾は5年前から開始)され、日本にやってきたが、そのうちのほとんどは、日本政府から渡航費が支給されていた終戦直後に半島へと帰国しており、それでも残ったのが245人の在留者である。これは当時、朝日新聞が報じている。

 在日朝鮮人の北朝鮮帰還をめぐって韓国側などで「在日朝鮮人の大半は戦争中に強制労働をさせるためにつれてきたもので、いまでは不要になったため送還するのだ」との趣旨の中傷を行なっているのに対し、外務省はこのほど「在日朝鮮人の引揚に関するいきさつ」について発表した。これによれば在日朝鮮人の総数は約六十一万人だが、このうち戦時中に徴用労務者として日本に来た者は二百四十五人にすぎないとされている。主な内容は次の通り。

 一、戦前(昭和十四年)に日本国内に住んでいた朝鮮人は約百万人で、終戦直前(昭和二十年)には約二百万人となった。増加した百万人のうち、七十万人は自分から進んで内地に職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。残りの三十万人は大部分、工鉱業、土木事業の募集に応じてきた者で、戦時中の国民徴用令による徴用労働者はごく少数である。また、国民徴用令は日本内地では昭和十四年七月に実施されたが、朝鮮への適用はさしひかえ昭和十九年九月に実施されており、朝鮮人徴用労務者が導入されたのは、翌年三月の下関―釜山間の運航が止るまでのわずか七カ月間であった。

 一、終戦後、昭和二十年八月から翌年三月まで、希望者が政府の配船、個別引揚げで合計百四十万人が帰還したほか、北朝鮮へは昭和二十一年三月、連合国の指令に基く北朝鮮引揚計画で三百五十人が帰還するなど、終戦時までに在日していた者のうち七十五%が帰還している。戦時中に来日した労務者、復員軍人、軍属などは日本内地になじみが薄いため終戦後、残留した者はごく少数である。現在、登録されている在日朝鮮人は総計六十一万人で、関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労務者としてきた者は二百四十五人にすぎず、現在、日本に居住している者は犯罪者を除き、自由意思によって在留した者である。(昭和34〈1959〉年7月13日付朝日新聞「大半は自由意思で居住 戦時徴用は245人」)


 61万人分の245人、0.000402%というきわめて少数の境遇を昇華して、彼らは脅し続けていたのである。そもそも強制連行という神話が流布されたのは、1965(昭和40)年に朴慶植(パク・キョンシク)という人物が書いた著書『朝鮮人強制連行の記録』(未来社、1965)にマスコミが騙され、踊らされてからのことである。

 もっと、ひどいのは労務の徴用である。戦争が次第に苛烈になるに従って朝鮮にも志願兵制度が敷かれる一方、労務徴用者の割当が相当厳しくなって来た。

 納得の上で応募させていたのではその予定数に仲々達しない。そこで郡とか面(村)とかの労務係が深夜や早暁、突如男手のある家の寝込みを襲い、或は田畑で働いている最中にトラックを廻して何げなくそれに乗せ、かくてそれらで集団を編成して北海道や九州の炭鉱へ送り込み、その責を果たすといふ乱暴なことをした。


 だが、この引用元である鎌田沢一郎『朝鮮新話』(創元社、1950)にはこうある。

 もつともひどいのは労務の徴用である。戦争が次第に苛烈になるに従つて、朝鮮にも志願兵制度が敷かれる一方、労務徴用者の割當が相当厳しくなつて来た。

 納得の上で應募させていたのではその予定数に仲々達しない。そこで郡とか面(村)とかの労務係が深夜や早暁、突如男手のある家の寝込みを襲ひ、或ひは田畑で働いてゐる最中に、トラックを廻して何げなくそれに乗せ、かくてそれらで集団を編成して、北海道や九州の炭鉱へ送り込み、その責を果たすといふ亂暴なことをした。但総督がそれまで強行せよと命じたわけではないが、上司の鼻息を窺ふ朝鮮出身の末端の官吏や公吏がやつてのけたのである


 おそらく現状の報道を憂えてる良識人は、もはやこれ以上の加筆を許さないだろう。意図的に、ただし書を抜いたのである。しかも、見比べればわかるが、実に杜撰に書き抜かれているのだ。このような来歴をわれわれはもう知っている。ならば、オールドカマーは自らの生い立ちを肯定して、犯罪や温和な日本人との諍(いさか)いを避けられるよう努力しようではないか。私とて骨折る覚悟である。

鳩山政権100日を嘆く(下)

 ■気づかぬ国民

 「高校無償化」については、民主党は経済的理由による退学者を救済することを掲げていたが、現行の制度で、すでに公立高校に通う低所得者世帯の授業料は全額無償とされている。したがって、現行法制下においても、手厚い支援がなされており、私立に通う生徒であっても、助成は受けられ、高校進学後の所得水準に急変がない限りは、経済的理由での退学は基本的に回避できたはずである。あるいは、経済的事由からあらかじめ公立校を選択することも可能だったはずである。民主党は、それらの助成は維持しつつ私学高校通学者に対し、一律で年12万円の給付を行い、「年収500万円以下」の世帯には、さらに12万円を上乗せするとしてきた。政権交代後の概算要求でも、「年収500万円以下」に12万円を上乗せして支給するとしていたが、果たして以下の通り、「年収250万円程度未満」に修正されてしまった。

 私立の低所得世帯への助成内容は、年収250万円未満程度が通常の倍の23万7600円、同250万~350万円未満程度が17万8200円で決着(23日付時事通信「低所得世帯は最大約24万円助成=高校無償化の私立で-文科省」より)


 だが、一方で国民の姿勢もきわめて問題である。

 民主党が衆院選で掲げたマニフェスト(政権公約)を改め、ガソリン税の税率維持と、子ども手当への所得制限導入を首相に要望したことに対しては、「納得できる」が50%、「納得できない」は43%。ただ、民主支持層では60%対34%と、「納得できる」が顕著に多い。(21日付朝日新聞「内閣支持急落48% 『指導力発揮せず』74% 本社世論調査」より)


 この国民にしてこの政党あり、といわねばならない。財源が足りないという指摘は、選挙前に自民党の代議士が、口々に言われたではないか。それでもやれるといったのは民主党であり、背後には愚かにも信じた多くの国民がいる。民主党も自民党も、ともに使える金額は同じでなければ、当然政策選択選挙にならない。できないことを掲げれば、選挙を終えたとてできない。これは普遍である。これに対する正当なる世論の制裁がなされなければ、日本の政治は決して成熟しない。

 ■習近平訪日に見る傲岸不遜な小沢氏

 先の習近平国家副主席訪日に際して行われた天皇陛下との会見は、平野博文官房長官が記者会見で、「日中関係は政治的に重要なので(宮内庁に)お願いした」と明言した通り、陛下の政治利用にあたるとの認識は妥当である。また、小沢幹事長、あるいはその側近が、会見を宮内庁に強要したのも報道の通り、事実であろう。

 天皇陛下と習近平・中国国家副主席の特例会見をめぐり、会見が正式に設定される2日前の今月9日ごろ、中国高官が「陛下のご健康に配慮し会見を見送るなら、やむを得ない」と日本側に伝えていたことが17日、分かった。複数の中国関係者が明らかにした。

 11月下旬から特例会見を求め続けてきた中国側が、交渉終盤で見送り容認姿勢を示していたことが判明したのは初めて。10日からの訪中を控えた小沢一郎民主党幹事長の意向を受け、首相官邸による政治判断で方針転換し、特例会見が実現した実態が裏付けられた。

 中国筋によると、この中国政府高官は9日ごろ、日本側と中国国内で協議。日本側が「陛下はご高齢であり、健康状態を勘案してほしい」と説明したところ、高官は「そういう話なら会見見送りは理解できる。共産党指導部を説得できる」と受け入れた。(18日付岩手日報「天皇会見いったん見送り容認 『健康配慮なら』と中国側」より)


 これも事実であれば、小沢幹事長の罪過は、党の役職云々以前に、議員辞職に値する重罪である。陛下と外国要人との会見について、国事行為と公的行為を混同し、記者を相手に怒りを露(あらわ)にし、「天皇陛下のお体がすぐれない、体調がすぐれないというならば、それ(会見)よりも優位性の低い行事はお休みになればいいことじゃないですか」という傲岸不遜な発言も、礼を失しているといわねばならない。後になって「国事行為」論こそ撤回したが、「憲法との理念と考え方は、天皇陛下の行動は内閣の助言と承認によって、行われなければならない」「天皇陛下にお伺いすれば、(特例会見を)喜んでやってくださるものと私は思っております」と陛下の行動をいたずらに制限したり、御心に斟酌を加えてしまうなど相変わらずなのである。政治信念のない、ただただ無用な政治闘争のみを好む政治屋は追放せられてしかるべきである。

 現行憲法下で国政機能を持たないとされている陛下に政治を押しつけた首相、官房長官、幹事長はいうまでもなく問題だが、習副主席が陛下に対する礼を逸したことも実に残念だった。来日の際、同じく陛下と会見したオバマ大統領は深々と頭を下げた。王室さえもたないアメリカの大統領がである。おそらく習氏は礼をし忘れたのではない。前日から入念に想定し、あえて陛下への礼を拒んだのである。そのような不敬を平気で犯す中国の要人を政府、および宮内庁は二度と謁見させてはならない。

鳩山政権100日を嘆く(中)

 昨晩、鳩山由紀夫首相は、自身の資金管理団体「友愛政経懇話会」をめぐる偽装献金問題で、当時の会計責任者が政治資金規正法違反罪で略式起訴されたことについて陳謝した。肝心の進退については、

「政権交代という勇気ある選択をしていただき、民主党を中心とする鳩山内閣による政策遂行に期待をして応援してくださっております国民の多くのみなさまに対する責任を放棄をしてしまうということになる」

 と会見序盤で辞任を否定したかと思えば、

「『鳩山辞めろ』という声が圧倒的になった場合、国民の声を尊重しなければならない」

 と若干の含みを残した。秘書の罪は政治家の罪としてきた自身の過去の発言についても、

「過去の発言に対して、そのことを否定するつもりもありません」(いずれも24日付毎日新聞「鳩山首相会見:【詳報】」より)

 と発言するなど終始、合点のいかない会見だった。

 ■マニフェストにないものをやり、あるものはできない民主党

 政策集「INDEX2009」には載っているが、マニフェストからは意図的に外したものがたくさんある。外すにはそれなりの理由がある。掲載すれば、この国を憂うものや良識ある市民によって、選挙が不利な方向へ傾くことが予想されたからである。そのような悪知恵は働くが、もっともこれは浅知恵だった。だがしかし、哀しいかな!国憂う議席が足りないのである。千葉景子法相が就任直後の記者会見で、内閣府の外局に人権侵害救済機関の設置する旨を明言し、千葉法相と福島瑞穂消費者・少子化担当相らの画策で、選択的夫婦別姓制度の導入や永住外国人への地方参政権付与が、今まさに始まらんとしている。いずれもマニフェストにはないのにである。

 上記の理由で、マニフェストにないものは進んでやりたがるが、宣伝用であるマニフェストの実行には、実はそれほど興味がない。「子ども手当」自体に反対するものとして、1200万円以上の所得者を対象に段階的に所得制限を設けることには賛同していた私であったが、果たしてそれも叶わなかった。財源不足という割には、「高校無料化」に所得制限は設けられず、税調(政府税制調査会)では、特定扶養控除の圧縮も決定された。一方、変更は加速する。公立高校を対象としていた高校無料化は、朝鮮学校などの各種学校も対象とされ、昨年「ガソリン値下げ隊」なるものを大勢導入して、興行を繰り広げた「ガソリン税の暫定税率撤廃」も名前を変えて、維持されることになった。昨年、山岡賢次国対委員長は「ガソリン代を下げたい人は民主党、高くしたい人は自民党。国民の選択だ」と発言していたが、これも真っ赤なうそだったのである。「綸言汗の如し」――山岡国対委員長の新年の抱負は、これで決まりだ。

 ■あきれる総務相の変節

 ネクスト総務相として地方分権を主張してきた原口一博総務相だが、ここにきて目を疑うような不見識をさらけ出している。ひとつは、「地域主権」という聞きなれない失政についてである。これは、地方にあらゆる権限を付与しようとするきわめて問題な政策である。これまで自民党政権で議論されてきた道州制導入による分権案は、内閣府、法務省、外務省、防衛省、そして縮小された財務省の1府4省体制を目指してきた。国家公安委員会のように、内閣府の外局に教育行政を移管するなどの修正を加える必要はあるが、この分権案は、国家の中枢はそのままとどめる案で、概ね納得のいくものだった。だが、原口総務相らのいう分権案は真っ向から異なる。日本を300程度の「基礎自治体」に分割し、法律や通貨の発行、武装の可否まで国家の根幹を根こそぎ地方に分配することになりそうなのだ。つまり、自治体の長の判断いかんによっては、他国に併合される可能性すら出てくる。日本を細かく分割すればするほどそれが容易になされてしまうというのにである。主権は国家が束ねているのが望ましい。地方に主権を委譲すれば、主権が日本国中でだぶつき、「地域主権」を騙った暴挙が繰り広げられることになってしまうからだ。アメリカと違い、非武装イコール戦争回避とする浅薄な民による連邦制は危険しか生まない。このような無知をさらすことを憚らないのも、皇室を中心にしてこそ、日本がまとまっていられるという認識の欠如によるものであろう。

 子ども手当の地方負担についても、もはや原口総務相には見えていない。公約では、全額国費としていた子ども手当も財源不足で行き詰まり、結局現行の児童手当分の負担を地方に押しつけることとなった。これについて、原口総務相は自身の手柄である地方交付税増額により、実質地方負担はゼロになるという地方交付税の趣旨を揺るがす驚くべき発言をした。これに対して、首長は一斉に反発した。橋下徹大阪府知事は、

「『地域主権』ということを、民主党さんがずっと言われてきたことには、真っ向から反対するようなことなので、何でこんなプロセスをたどってしまったのか、やり方になってしまったのか、甚だ疑問ですし。これはもう、すべて民主党さんに政治的な理念がないと、地域主権のですね。それに尽きると思いますね」(24日フジテレビ「大阪・橋下知事、子ども手当地方負担めぐり『民主党には地域主権の政治的理念ない』」より)

 としたほか、松沢成文神奈川県知事は、

「信じられないですね。こういうやり方は地方に対する裏切り。マニフェスト詐欺と言ってもいいと思います。神奈川県はボイコットします。地方自治体がやめると言ったら子ども手当は配れませんから、実質できないわけです。そうなってしまうと思いますよ。こういうやり方をすると」(24日日本テレビ「子ども手当の地方負担、知事らは反発」より)

 と話し、東国原英夫宮崎県知事も次のように述べ、ともにボイコットも辞さぬ構えだ。

「言語道断、絶対あり得ないです。すべて国庫負担とおっしゃってましたから、ボイコットというか事務処理、事務は地方がやりますから、事務も拒否するかもしれないですよ」(23日フジテレビ「子ども手当について4大臣が会談 1年間は地方が財源の一部を負担する暫定方式に」より)

 これらの勇猛な発言に断固支持を申し上げたい。地方分権としても、たとえ「地域主権」だとしても、この流れは明らかに地方の意思や国民の総意とは異なる。公約を破り、あろうことか、それを公約達成とこじつけるのであれば、再度国民の審判を仰がねばならない。
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オーデーベース

Author:オーデーベース
 顔と名前をお見せするその日のために、鄙見を認(したた)めてまいります。市政か、県政か、あるいは国政かわかりませんが、愛する日本と故郷のために勇往邁進することをお誓い申し上げます。

 人ひとりにできることは限られております。あるいは遺産も功績も何ら残せずに終えてしまうかもしれません。ただ、あのころの先人はよくやったと後世に云われたとき、その十把一絡げにされた先人のひとりにでもなれたのなら、それは大変喜ばしいことであります。子孫に少しばかりはわれわれを顧みてもらいたいなどというおこがましい希望はだれにでも起こりうるのではないでしょうか。それは、おおいに欲深い願望なのかもしれません。しかし、先祖を回顧していないわれわれだけが回顧されようなどという考えそれこそがおこがましいものであるにちがいありません。

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