スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

国家政策院と国内政策院による二元代表制

 国会議員には、大別して2つの仕事があるといえる。1つは、国の諸問題を解決する役目――憲法、安全保障、教育といった国家の根幹をなす事案から、経済、財政、金融、農業、産業、雇用、年金、医療、福祉、介護などの国民生活に至るまで。

 2つ目は地方の声を国に上げること。農業の荒廃や産業の疲弊への対策、インフラ整備の要望などがそれだ。しかし、今いる多くの議員は、日本国民の代表としての最大任務、すなわち国家の懸案を無視して、この2つ目の課題ばかりに目が行きすぎていやしないだろうか。地元の有権者は自らの利益に直接つながるから議員に陳情し、議員も票に直接つながるから積極的に請け負う。「自由委任の原則」もへったくれもない。そして、選挙では地元に多くの公共事業を誘導したものが、その腕を買われて当選し、外交や防衛に汗を流したものは落選する。このような出世ルートこそが利権の最大の温床になり、国家そのもののために働かない議員を多数国会に送り出し、日本を弱体化させている大きな原因となっている。

 民主党をはじめとする元野党は、年金や医療、福祉といった「国民生活」に関する事柄ばかりを主張するが、それを議論する前には当然、「国民生活」の基礎である国家の最重要課題に対する信念、確固たる国家観を持っているという大前提があって初めて成り立つ。冷戦が終わっても、いまだ日本にはイデオロギーの対立というべき問題があちこちに転がっている。これを改めずして、最優先でない課題ばかりを選挙の看板にかけるのはいかがなものか。それはある程度まともな二大政党が確立し、そのうちリベラルな党であっても、日本を売らない覚悟と気概があってこその議論であろう。国を守るために保守的な政策をとるか、革新的な政策をとるかではなく、国を守るか、売るかというさらに低次元な選択を選挙のたびに迫られている日本にはあまりに尚早だ。最重要課題に対する基盤ができ、二次的な重要課題を選挙の本丸に据え置けるような国になれるかは、ひとえに有権者である日本国民の質に委ねられている。

 ここで道州制を導入して、十前後の道州の代表が国益の範囲内で道州の権益を奪いあったらどうか。そして、国会議員ははじめに挙げた国家的な課題のみを解決する。このような制度に改革した方が国にとってはもちろん、地方にとっても有益ではないか。そこで本題のように、国会を国家政策院(国政院)と国内政策院(内政院)に再編し、二元一院体制にする。国家規模の戦略を担う国政院と十前後の道州の代表が合議によって取り決めを行う内政院だ。
スポンサーサイト

ストする公務員

 蓮舫行政刷新担当相は14日、都内で開かれた内外情勢調査会で講演し、国家公務員に対するスト権付与の是非について「国民の声を幅広く頂いて、来年に政治決断で公務員制度改革の骨子をまとめたい」と述べ、来年1月中にも結論を出す考えを明らかにした。

 公務員へのスト権付与をめぐっては、政府の有識者懇談会が17日に「一つの選択肢となり得る」などとする報告書をまとめる予定。蓮舫氏はこの報告について、国民から意見を募集した上で是非を判断し、スト権付与の場合、来年の通常国会に提出する関連法案に盛り込む方針を示した。(14日付時事通信「公務員スト権、年明けにも決断=国民から意見募集―行政刷新相」)


 政府は現在凍結されている国家公務員の争議(ストライキ)権を解禁するかどうかの結論を来月にも取りまとめる意向を示した。17日には、政府の有識者懇談会の報告書が発表される予定で、国家公務員への協約締結権付与とともに、前向きな提言がなされるとみられている。

 憲法上、労働者には労働基本権が保障されているが、終戦直後に訪日した対日合衆国人事行政顧問団の勧告(フーバー・ミッション)によって、政令や改正国家公務員法が施行され、公務員の団体交渉権や政治活動が制限されたほか、ストライキは禁止された。それを補完する形で、給与改定について人事院が国会と内閣に勧告を行っている。民主党はこの人事院を廃止して、公務員の労働基本権を復活させようともくろんでいる。

 これには民主党の支持母体である労働組合へのおもねりが透けて見える。たとえば、「全日本自治団体労働組合(自治労)」は公務員の政治活動を認め――すでに勝手に解禁しているではないか――、労使交渉やストライキを行えるよう求めてきた。国家公務員の給与は、国会によって改定される仕組みのため、国家公務員は選挙を介して、密かに「賃上げ」しているのだろうが、ストライキが認められれば、サボタージュによる露骨な抵抗を見せるかもしれない。協約締結権の付与によって行われる労使交渉もさることながら、ストライキの容認は大きな混乱を招くだろう。

 政権交代前、民主党は公務員制度改革を揚々と宣言してきた。だが、ふたを開けてみると、「天下り」や「渡り」をぬけぬけと見過ごし、これを拒んだ勇敢な公務員には恫喝だ。公務員や労働組合のためだけに民主党があるのなら、いっそ「労働党」に改称するがよい。

これで衆愚政治は終わったか

 民主主義は最高の政治形態ではない。まだまだ途上も途上、歩き出したところといってよい。もちろん、独裁政治や専制政治よりかはましにちがいないが、それでもただ比較優位にあるだけのことである。

 先の選挙期間中、社会保障の充実を訴え、そのためには消費税の増税も厭わぬ、と訴える政治家や政党が出てきたが、その恩恵に与る国民はいったいどうなっているのだろう。国家を嘲り、その国家に潤沢な社会権を求める――このように感じられてならなかった。国家と国民は対立する関係にあるため、国民は国家と断固闘わねばならない、と説いた戦後民主主義は、国家に対する強烈な嫌悪感を植えつけた。たしかに、国家が自由や民主主義を奪い去るだけの権力をいまだに有していることは疑うべくもない事実だが、国家を構成しているのはわれわれ国民である。

 われわれは病気になれば医者にかかり、老いれば介護を受けられる。これは「私」が税金や保険料を納めた報いであると同時に、他人が納めた税金や保険料のおかげでもあるのだ。つまり、自分以外の被負担者による負担を拝借させていただくことによって、成り立っているのである。ここでいう被負担者とは、「私」以外の国民のことであり、広義では国家に接近する。国家、あるいは「公」というものが「私」抜きには存在しえないのと同様に、「私」というものもまた、国家や「公」なくして成り立ちえないということである。

 だったら、もっと国家を信頼してみないか。感謝してもよいのではないか。国家に対する信頼や感謝の揺らぎは、国家に対する誇りの喪失や国家が定めた法規範への不服従を助長する。とかく個人主義に走りがちなのだ。戦後日本人は国家意識が希薄化していったため、自らの生活水準を落としてまでの国家再生を望まなくなった。近年、「国民の生活が第一」なる鄙言(ひげん)が猛烈に支持されたのがその象徴だ。しかし、「国民の生活」は健全な国家という礎石の上でのみ営める。国家と国民は密接不可分にして一心同体だ。のはずが、この国民はまだ「国民の生活が第一」に感(かま)けている。

虚構の平和

 英経済平和研究所(Institute for Peace and Economics)が8日、「世界で最も平和な国」のランキングを発表した。1位は2年連続でニュージーランド、2位はアイスランド、3位は日本だった。世界全体の平和度は、殺人、暴力的なデモ、犯罪への恐怖が5%と大幅に増加したため昨年より低下した。

 同ランキングは、近隣諸国との関係や凶悪犯罪の数、テロのリスク、軍事支出など内的要因と外的要因を組み合わせた23の指標から、世界149カ国の平和度をランク付けしたもの。

 4位以下はオーストリア、ノルウェー、アイルランド、デンマーク、ルクセンブルク、フィンランド、スウェーデンが続いた。カナダは14位、ドイツは16位、アメリカは85位で、イラクは2007年の調査開始以来4年連続最下位だった。

 西欧諸国はほとんどの国がトップ20に入り、またスカンジナビア諸国5カ国はすべてトップ10に入った。アメリカは85位だったが、政治的不安定さの減少、外国での衝突による死者数の減少によって、過去4年の調査では平和度の改善が最も大きかった。

 一方、平和度が最も大きく低下したのは南アジア。インド、スリランカ、パキスタンでは国内紛争や衝突による死亡者増、人権侵害に関係する事案が増加し、平和度が大きく低下した。また前年比で最大の低下を示したのは中南米で、理由は国内の暴力、殺人、犯罪と見なされる行為の増加だった。(9日付YUCASEE MEDIA「『世界で最も平和な国』は? 日本3位」)


 イギリスの経済平和研究所が行った「世界で最も平和な国」に関する調査で、日本はニュージーランド、アイスランドに次ぐ3位に輝いた。首位でないことに意外の感を抱いた方もおられよう。

 ここで日本の安全に対する世界の評価をもう一度、見直してみる必要がある。第一にいえることは、世界は日本人ほど日本を平和な国だと思っていないということである。要するに、日本の平和など「虚構の平和」にすぎないと捉えているのである。ロシアと韓国による不法占拠に手も足も出せない国。工作員の侵入を許し、自国民を拉致される国。いつ降り注ぐかわからない北朝鮮のミサイルと核兵器を前に、座して待てる国。中国の軍事大国化に相対し、目を瞑っていられる国――中国、ロシア、南北朝鮮に囲まれて、よく平然としていられるな、と世界は懐疑しているのである。それが証拠に、国際原子力機関(IAEA)による査察が最も厳しく行われているのはわが国だという。日本の高い技術力への牽制もひとつであろうが、日本が核開発へと突き進む動機は十分だとみているからでもある。それゆえ、「本当は裏で核を作っているのではないか」とまことしやかに囁かれ、「不気味な国」「何を考えているかわからない国」と疑(うたぐ)られているのだ。

 なのに、「憲法9条」が日本の平和を支えていると妄信しているものがいる。この「平和」がいかに脆いものかということをまったく理解していない人たちのことである。彼らが苛まれているのは、「何もしなければ、何もされない」という浅はかな思考である。だが、日本人同士で常態となっている「譲り合い」とか「阿吽の呼吸」とかいう通念は、世界に遍(あまね)く行き渡っているわけでない。「一歩譲れば、二歩つけ込まれる」のが世界の常識である。そこで、「つけ込まれ」ないようするためにはどうすべきか。まずはつけ入るスキを与えないこと。さらには、外交で押し負かされない基礎的な自主防衛体制を構築することである。心ある政治家には、今度の参院選を通じて、わが国民の平和に対する過信を解き放ってもらいたい。

保革争いではない日本の議員たち

 経済学による対立軸を除けば、基本的には、「保守―リベラル」「タカ―ハト」という軸が残る。ただし、わが国はこれでは測かれない。いまだ残存する「憂国―売国」――この点で議員を売国から愛国までつぶさに評定したサイト「国民の知らない反日の実態」は本質をよく見抜いているといえよう。

 ■歴史を照らす“保守―革新”“タカ―ハト”

 「右派」「保守」「タカ」は混同されやすいが、それぞれに異なった概念を包容する。詳らかにすることは避けるが、日本においてひとり同一人物がこれらの思想を抱きかかえているとされることが多いのみである。ここで保守と革新を横軸に、タカとハトを縦軸にお取りいただきたい。これに倣ってわが国の国会議員を分配すると、右上、つまり保守派かつタカ派という領域と左下、すなわちリベラル派であり、ハト派であるものに集中することは、周知の通りである。相関係数が一に近いことがこの困惑の主因である。では、歴史的に見てみよう。

 革新穏健派に数えられるのは強いていえば、向坂逸郎(さきさかいつろう)だろうか。同強硬派と見られるのは、大逆事件の――幸徳秋水はそこまで急進的な立場ではなかったと思われる――管野スガや宮下太吉、虎の門事件の難波大助が挙げられるだろう。一方、保守タカ派は三島由紀夫、ハト派には幣原外交で知られる幣原喜重郎といったところか。もちろん大いに異論はあろう。三島の天皇観は保守的とはいえないとか、幣原は本当に保守主義者といえるのかとかいう疑念や、あるいは時代の趨勢を弁えない浅薄な視座であるとかいう批判は、ここではどうかご辛抱願いたい。大きく分ければ、こうはならないだろうか、という程度のことである。

 現在はこれに比べると、明らかに保革、タカハトともに距離は狭まった。ではあるが、代わりに戦後、由々しき事態も生じている。先ほどグラフの右上と左下に「集中」しているとしたが、実は点の数を数えると、50ぐらいしかない。衆議院480人、参議院242人という数字には遠く及ばない。なぜならば、この平面上には、愛国者のみ載ることができ、裏返せば、哀しいかな!売国奴が蠢(うごめ)いているのである。国家のスタイルを問うたとき、この裏紙はふつう無用となる。他国においては、議員は自国愛に溢れるものしかならないし、なれないからだ。つまり、出馬するものは、みな愛国議員であり、万一、疑いがあったとしても、有権者の良識が自然淘汰(ナチュラルセレクション)する。そもそも排除を要する時点で、日本は異常であり、また日本人も思慮分別のつかない、しかも無自覚な道化師(ピエロ)といえる。

 ■外国人参政権は保革の争いではない

 遅すぎるのだが、永住外国人への地方参政権付与に対する危機感がようやく囁(ささや)かれるようになってきた。この問題は保革の争いではない。憂国か、亡国かの問題なのである。これが仮に善良な移民――実際には難しいが、理論上――の受け入れ論争においてであれば別である。移民の流入の是非を、自国の伝統・文化・価値観が破壊される懸念があり、積極的には受け入れるべきでないとする保守的な考えや、いやいや、日本も積極的に国際交流を行い、変化を厭わず、発展進化させていくべきであるという進歩的な意見も考えられる。だが、今回はまったく異なる。日本国と日本人にとりて、得るところきわめて少ない、ただ害得(う)るのみなのである。

 長い年月を費やして民団は、地方参政権運動を展開してきたが、いまだに実現していない。

 残念でならない。参政権は納税の義務を負うわれわれとしては、当然の権利だ。

 地方自治体の意見書採択率は47%で、人口比率からすると実に78%にのぼり、もし世論調査をするとしたら、人口比率程度の割合になるのではないかと推測される。このような状況のなかで、国会で立法化されない理由ははっきりしている。

 自民党が反対するからだ。政権政党が自民党である限り、恐らくこの問題はクリアできないとみて、運動方針を転換する必要があるのではと思う。

 自民党を除く他の政党は賛成しており、公明党もこの問題で頑張っているが、自民党の強い反対に押し切られ、最近は影をひそめている。

 そこで、民主党に政権をとってもらい、民主党の政権下でこの問題を解決していただくのが早道だと思う。

 民主党のマニフェストにも永住外国人の地方参政権付与については賛成している。昨年11月の衆議院選挙で破れたものの、議席を増やし善戦している。

 民主党の政権獲得まであと一歩だ。来る7月11日の参議院選挙がある。地方参政権獲得運動の一環として、民主党を総力をあげて応援しようではないか。

 われわれ外国籍の者は、政治献金は公職選挙法に触れるが、投票をお願いすることは違法にはならない。(平成16〈2004〉年6月30日付民団新聞「<広場>地方参政権勝ち取ろう 魯漢圭(広島市)」)


 これは6年前のものだが、納税の有無と参政権付与の可否を誤解する不見識をさらけ出している。昨夏の総選挙でも、民団(在日本大韓民国民団)は積極的に民主党を支援した。日本の選挙、しかも国政選挙に外国人団体が大々的に関与する――保革の次元では語れない、興廃の争いがここにもあるのである。
来訪者数
滞在者数
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カレンダー
07月 | 2017年08月 | 09月
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
挨拶
 平素より小欄をご尊覧賜っておりますこと心より感謝申し上げます。

 また、日ごろ綴っております鄙見に対しましても、みなさまより分を越えた「ブログ拍手」をいただいておりますことをありがたく存じております。「ブログ拍手」という性質上、おひとりおひとりに謝意を表することは叶いませんが、いただいた一拍手一拍手の積み重ねをご高評のバロメーターとさせていただくことにより、日々指針に反省と修正を加えております。欠礼をご容赦願うとともに、厚く御礼申し上げます。

プロフィール

オーデーベース

Author:オーデーベース
 顔と名前をお見せするその日のために、鄙見を認(したた)めてまいります。市政か、県政か、あるいは国政かわかりませんが、愛する日本と故郷のために勇往邁進することをお誓い申し上げます。

 人ひとりにできることは限られております。あるいは遺産も功績も何ら残せずに終えてしまうかもしれません。ただ、あのころの先人はよくやったと後世に云われたとき、その十把一絡げにされた先人のひとりにでもなれたのなら、それは大変喜ばしいことであります。子孫に少しばかりはわれわれを顧みてもらいたいなどというおこがましい希望はだれにでも起こりうるのではないでしょうか。それは、おおいに欲深い願望なのかもしれません。しかし、先祖を回顧していないわれわれだけが回顧されようなどという考えそれこそがおこがましいものであるにちがいありません。

ご意見・ご感想
 「FC2公式メールフォーム」を使用している都合上、ご入力いただく項目はすべて必須入力となっておりますが、お寄せいただいたご意見やご感想をご本人様に断りなく公開させていただくことはございません。

 みなさま方の忌憚のないご意見とご感想をお待ちしております。

お名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
リンク
バナー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。