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民主党の危ない改憲論

 安倍晋三政権下で2007(平成19)年に成立した国民投票法(日本国憲法の改正手続に関する法律)が18日、本格施行(一部はすでに施行)される。これにより、憲法改正が可能となる。

 ■現行憲法3つの問題

 鳩山由紀夫首相の祖父・一郎氏は、国民投票法を制定せずして、「憲法改正」「再軍備」を唱えていた。けだし一郎氏が掲げた勇ましいスローガンは、政敵・吉田茂元首相との相違を作り出すための美辞麗句に過ぎなかった。だが、仮面が剥ぎ取られた現代、日本国憲法の欺瞞を糾弾する改憲を行わねばならない。

 私は現行憲法に対し、3つの問題意識を持ってきた。ひとつは成立過程。憲法問題調査委員会代表を務めていた松本烝治(じょうじ)国務相は憲法改正要綱(いわゆる松本試案)を作成するが1946(昭和21)年2月1日、毎日新聞にスクープされる。その内容が保守的であることに驚愕したマッカーサー総司令官は3日、コートニー・ホイットニー民政局長に草案作りを命令。草案に憲法学者や専門家が携わっていないだけでなく、ホイットニーは部下のケイジスらに対し、リンカーンの誕生日である2月12日までに仕上げるよう指示したという。しかし、ハーグ陸戦条約の条約附属書「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」43条には、「国の権力が事実上占領者の手に移りたる上は、占領者は、絶対的の支障なき限、占領地の現行法律を尊重して、成るべく公共の秩序及生活を回復確保する為施し得べき一切の手段を尽すべし」とある。にもかかわらず、アメリカは自らの手で強引に書き替えたのだ。

 2つ目は従来から指摘されている憲法9条である。ここにいう「戦力」とは、侵略のための「戦力」であり、集団的自衛権の行使や国連決議による軍事的制裁までも否定するものではない。たが、恣意的な解釈を防ぐために、解釈の余地を狭める条文改正を行うべきだ。また、自衛官の士気を高揚するため、国軍の保持を明記することも重要。これについては、多くの国軍保持論者と変わりない。

 3点目は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」という他力本願な前文、3章を中心とする「権利」「自由」の跋扈、日本の歴史や伝統、文化がすっぽり抜け落ちている点である。アメリカ人が作ったのだから当たり前であるが、改めなければならないことのひとつである。

 私は3点すべてを問題視するものであるが、護憲派も1点目、すなわち出自の問題については、もう少し関心を持つべきでないか。場合によっては「焼き直し」だけでもよい。日本人が日本国の憲法を創るのは当然のこと。自国民が触れていない憲法では、遵法精神を喚起できないうえ、独立国として恥ずかしい。

 ■“改護”の争いではない

 かつて改憲を唱えるものといえば、9条2項の改正、つまり国防軍の保持を目指す勢力であった。しかしながら、これとは異なる改憲論が近年、論壇を席巻していることにまだ多くの国民は気づいていない。民主党は2004(平成16)年の「憲法提言中間報告」で、国連中心主義の明確化を宣言している。しかし、国連は国際連合でなく、「戦勝国」連合。日本人がその響きから抱いてきたイメージとはおよそ異なる。第二次大戦で勝利した五大国のうち、一国でも反対すれば、何ひとつ決まらない。すべては常任理事国次第。日本は決議なしに制裁が行われる「旧敵国」とされている。これが日本の安全保障上問題であるのはいうまでもないが、中国政府による言語を絶する人権弾圧に拍車をかけることにもなる。国連の人権機関において、米国が受けた排除の数々を鑑みれば、おのずと危険は知れよう。

 「専守防衛」の明示もそのひとつだ。包丁を持って向かってくる相手に、刺されるまでは何もしない――個人であれば、ありえるのかもしれない。だが、この問題は国家の問題である。刺されるまではみんなで待とう、というのはずいぶん無責任でないか。奇人の道連れか。

 そして、最大の問題は「国家主権の移譲」を目的とする憲法改正。鳩山首相のいう東アジア共同体構想である。

 そもそも、近代憲法は、国民国家創設の時代の、国家独立と国民形成のシンボルとして生まれたものである。それらに共通するものは、国家主権の絶対性であり、国家による戦争の正当化であった。これに対して、21世紀の新しいタイプの憲法は、この主権の縮減、主権の抑制と共有化という、まさに「主権の相対化」の歴史の流れをさらに確実なものとし、これに向けて邁進する国家の基本法として構想されるべきである。それは例えば、ヨーロッパ連合の壮大な実験のように、「国家主権の移譲」あるいは「主権の共有」という新しい姿を提起している。


 共同体に法律の改廃や通貨の発行、場合によっては、戦争さえ「移譲」する。チベットやウイグル、内モンゴルにみる人権弾圧も「共有」する。このような「壮大な実験」を日本で行うのはやめていただきたい。欧州と東アジアの情勢は、民族構成や文化水準といった多くの点で、大きく異なる。東アジア共同体が欧州連合(EU)以上の問題を抱えるのは必至で、危険は護憲を上回る。国連至上主義を超える売国行為といってよいだろう。国連が日本の国益としばしば対立する中国やロシア、ときにフランスのペースに呑み込まれる場なら、主権移譲はペースどころか、中国それ自体に併呑される。民主党の改憲論は本当に危ない。
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オーデーベース

Author:オーデーベース
 顔と名前をお見せするその日のために、鄙見を認(したた)めてまいります。市政か、県政か、あるいは国政かわかりませんが、愛する日本と故郷のために勇往邁進することをお誓い申し上げます。

 人ひとりにできることは限られております。あるいは遺産も功績も何ら残せずに終えてしまうかもしれません。ただ、あのころの先人はよくやったと後世に云われたとき、その十把一絡げにされた先人のひとりにでもなれたのなら、それは大変喜ばしいことであります。子孫に少しばかりはわれわれを顧みてもらいたいなどというおこがましい希望はだれにでも起こりうるのではないでしょうか。それは、おおいに欲深い願望なのかもしれません。しかし、先祖を回顧していないわれわれだけが回顧されようなどという考えそれこそがおこがましいものであるにちがいありません。

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