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建国記念の日を心よりお祝い申し上げます

 建国記念の日を心よりお祝い申し上げます。

 「日本書紀」によると、2670年前の今日、2月11日は神武天皇が即位された日であります。

 建国記念日――それは国家の成り立ちと刻まれた歴史に思いを馳せ、国を愛し守る覚悟を新たにする大切な一日であります。

 ここに改めて建国記念の日をお祝いするとともに、国のご加護に与っていることに厚く感謝申し上げます。
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あけましておめでとうございます

 新年あけましておめでとうございます。

 今月8日には、平成の御代が22年を超えようとしております。皇室の弥栄と国民の安寧を心よりお祈り申し上げます。

 一方、世界には紛争や飢餓、災害が尽きません。すべての方々に平安がもたらされんことをお祈り申し上げます。

天皇誕生日を心よりお祝い申し上げます

 本日12月23日は、天皇誕生日でございます。ここにお慶びを申し上げます。

 今上陛下におかせられましては、御年77歳をお迎えになられます。平成の御代は、満22年を過ぎようとしております。

 皇室の弥栄とともに、天皇陛下、ならびに皇后陛下のご健勝を心より祈念申し上げます。

主権回復記念日を心よりお祝い申し上げます

 本日4月28日は、主権回復記念日であります。

 国家にとって、主権の持つ意義はいまさら語るまでもありませんが、58年前の今日、日本は7年間に及ぶGHQの占領を終え、ようやく主権を回復しました。しかし、日本が真に主権を回復したとは思っておりません。

 占領期に作り替えられた憲法のままでの「国家権力の最高独立性」。北方領土、竹島を不法占拠されたままでの「国家の統治権」――真の主権として認めるわけにはまいりません。そればかりか、永住外国人への地方参政権付与により、「国政の最高決定権」まで奪われれば、わが国は実質すべての主権を失うわけです。

 こういう日本にしたくない――国民の願いを結集する日として、本日を祝日とすることに賛同し、心からお慶び申し上げます。

建国記念の日を心よりお祝い申し上げます

 本日は建国記念の日、すなわち紀元節であります。また、本年は皇紀2670年という節目の年でもあります。この日本に生を受けたことは恐悦至極であり、神武天皇以来の皇室とそれに連なる無量の祖先に対する感謝の念でいっぱいであります。

 昨年、明治神宮会館で執り行われた建国記念の日奉祝中央式典において講演された安倍晋三元首相の「美しい国へ―戦後レジームからの脱却―」を以下に紹介します。

 ただいまご紹介いただきました安倍晋三でございます。本年は天皇陛下ご即位20周年であります。そして、天皇皇后両陛下ご成婚50周年、この記念すべき年のこの建国記念の式典が、各国大使ご参会のもとに盛大に開催をされましたことをお慶びを申し上げる次第でございます。

 本年は大変なこの不況のなかにありまして、世界同時不況のなかにあるわけでございまして、常に政治家の挨拶というのは、「百年に一度のこのなかで」と、こういうことになるわけでございますが、本年の天皇陛下の新年を迎えてのご感想のなかにこんなことばがございました。「今こそ絆を強め、お互い助け合って、この困難を乗り越えてまいりましょう」。本当に天皇陛下らしいおことばだな、とこのように思いました。日本というのは、古来から絆を大切にし、地域の絆、家族の絆、そして国の絆の中で助け合って、いろんな困難を乗り越えてきたわけでございまして、それぞれが抱えている問題についても、お互いが協力をし合って乗り越えてきた。そのなかで、地域のコミュニティーも強い結束のなかで育ってきたわけでございます。

 よく国柄、国柄と、こういうことを議論することがあるんですが、私たちの国柄は何かといえば、これはもう古来からの長い長い歴史のなかにおいて、日本人の営みの積み重ねのなかに自然にでき上がってきたものが、私は日本の国柄ではないかな、とこう思うところでございます。日本の歴史というのは、いわば「つづらおり」のようなものでありまして、「タペストリー」ですね。この長い歴史をそれぞれの人たちが、人々が個々の歴史を積み重ねるなかで、全体のこの「つづらおり」ができあがってきたわけでございますが、真ん中の中心線というのは、私はそれはご皇室であろう、とこのように思うわけでございます。そして、それはまさに一本の線でずっと古来から今日までつながっている。ここが諸外国と大きく違う点であろう、とそう思います。日本と外国との違いたくさんあります。また、外国の王室との違いもあると私は思います。

 総理に就任をいたしまして、皇室のさまざまな行事に参加する機会がございますが、皇居で行われる祭祀に立ち会うのは新嘗祭でございます。11月も暮れて、その行事は夕方から深夜にかけて行われるわけでございますので、大変寒い儀式でございますが、そこはろうそくと薪の火だけのなかにおいて陛下がかしこどころにおいて、五穀豊穣、国民の安寧をひたすらお祈りをされるという行事でございます。ここはいわゆる海外の王室との違いでもあって、征服王的な性格ではなくて、日本の皇室には常に国民の安寧、そして平和を祈っている、ひたすら祈っているという存在であるということを私たちは忘れてはならないんだろうな、とこのように改めて私は総理として、この新嘗祭に参列をさせていただきまして感じたような次第でございます。ですから、今この不況下にあって国民も大変な困難に直面しているなかにおいて、天皇陛下のおことばを改めて噛み締めながら、私たちはそれぞれの責任を果たしていかなければいかない、とこんなように思ったような次第でございます。

 百年に一度、百年に一度、とこういうわけでありますが、今から64年前に、われわれはあの敗戦を経験をしたわけでありまして、多くの人たちは愛する人を失いました。そして、すべての財産を失った方もたくさんいらっしゃいます。そして、工場などの生産施設は瓦礫の山と化したわけでございます。あの敗戦の翌年、昭和21年の歌会始において昭和天皇の御製はこういうお歌でございました。


 ふりつもる み雪にたへて いろかへぬ 松そをゝしき 人もかくあれ


 国が破れ、今は敗戦下にあるけれども、この雪のなかで青々とした美しさを失わないこの強靱な松のように日本人も、日本人のすばらしさ、美しさを失わないでいたい、という思いをこの歌に込められたのではないかな、とこう思うわけでございます。そこで果たしてこの64年間、昭和天皇が歌われた松のように変わらなかったかどうか、であります。私は残念ながら、この占領下にあって、日本はその姿かたちを占領軍の手によって作り替えられたのだろう、とこのように思うわけでございます。憲法ができ、そして教育基本法ができたわけでございます。憲法については、国会議員の3分の2以上の発議がなければ、そもそも憲法の改正ができないというきわめて困難なしくみになっているわけでございますが、すべてをこのしくみのせいにするわけにはいかないんだろうと思います。たとえば、手続法である国民投票法はふつうの法律と同じように2分の1で法律は制定することができます。そして、教育基本法もふつうの法律でありますから、過半数で法律は成立するわけでありますが、60有余年、残念ながら指一本触れられなかったのであります。この憲法、教育基本法といったこのときにでき上がった戦後のしくみをもう一度、根本から見直しをしていって、21世紀にふさわしい日本を私たちの手で作っていこうというのが、「戦後レジームからの脱却」でございます。総理時代には、大変批判も浴びましたし、必ずしも「わかりにくいじゃないか」と言われて、評判もよくなかったわけでございますが、しかし一年間の短い期間ではありましたが、なんとか国民投票法、そして教育基本法の改正をなしえたことは、私の誇りとするところでございます。

 しかし、まだまだこれからこの憲法でございますが、まさに戦後レジームの私は要であろうと思います。憲法の前文には、こう書いてあります。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」。こう書いてあります。普通の国の憲法には、「国民の生命、財産、国土は断固として守る」という宣言であり、決意が書いてあります。日本の憲法はまったくそれが趣を異にしています。世界の国々はすべて平和を愛する諸国民ですから、その人たちに私たち国民の生存も安全もお任せしますよ、というかなり思い切った宣言がなされているといってもいいでしょう。そして、その次にはこうあります。「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」。こう書いてあるんです。これ日本が主体的に専制や隷従、圧迫と偏狭はなくさなければならない。日本が主導的な役割を示して、果たしていくんだ。ということを宣言したものではなくて、世界がそう考えているんだから、そのなかで日本は褒めてもらおうじゃないか。大変いじましいことが書いてあるといってもいい。つまり、これは何を意味しているかというと、「世界のあるべき姿を論じるなんていう出すぎた真似はしません。世界が決めていただければ、その通りにします」と憲法前文にはこう書いてあるんですね。その通りにわが国の外交官のみなさんは活動してきた結果が、こういうことになっているんだろうな、そう思うわけであります。

 私が官房長官時代、小泉内閣でした。麻生さんが当時は外務大臣でした。そのときに、北朝鮮がミサイルの発射を行いました。それに対して国連において制裁を含む決議をしよう。たまたま日本は非常任理事国であり、国連安保理の議長国でありました。千載一遇のこの立場を生かして、なんとかこの決議を行おう。小泉総理も私も麻生さんもそう考えたわけであります。しかし、大きなひとつの問題は、常任理事国である中国が反対するかもしれない。という困難が予想されたわけでございます。そこでどうすべきか。中国が反対するかもしれないという状況のなかにおいては、やはりヨーロッパにとっては、北朝鮮のミサイルというのは射程に入っていないヨーロッパの国にとっては、ある意味では遠い国のできごとであった。わざわざ安保理で揉めるような、中国を相手に回して揉めるようなことこしたくない、「日本、そんな厄介なことは言いなさるな」。こんな姿勢になってきたのであります。そうなりますと、どうしても、日本の外交というのは、いわゆるならば孤立するかもしれないし、そもそも拒否権を発動されてしまったら、元も子もないじゃないか。こういう意見でした。そこで、私は麻生さんと相談をしました。どうしようか。万が一、拒否権を中国が発動したときに、誰が勝者となって、誰が敗者になるか。日本は決して敗者ではない。中国は北京オリンピックを控えているなかで、北朝鮮のためにそんなことをするだろうか。もし、そういうことを行えば、世界から「何だ北朝鮮と一緒になって行動しているんですか」。こう思われる結果になってしまうのではないだろうか。日本はまさにこのミサイルの射程に入っている、かつ核兵器がこのミサイルに積まれるという状況になれば、決定的に安全保障の状況が変わっていくわけであって、絶対にそれは許すわけはいかないんだから。日本に強く強く主張する権利があるし、日本が強く主張しない限り、どこもついてこない、とわれわれは判断をしたのであります。しかし、日本の外交というのは、孤立を非常に恐れるわけでありまして、「官房長官、そんなこと言ったって、孤立するかもしれませんよ」ということでありました。しかし、みなさん、ときには、決定的に日本の安全保障が脅かされるかもしれないというときには、孤立を恐れずに日本が主導的な役割を示さなければ、ことを成し遂げることはできません。

 私が申し上げている主張する外交というのは、日本が世界はこうあるべきだと日本こそが、世界に向かって理想の世界を語るべきであって、その世界に向かって、アジアをこうするべきだ。こういうアジアであるべきだということを語りながら、そしてそのなかで日本はこういう責任を果たしていきますよ、ということを申し上げていくことが、私は主張する外交であろう。このように思うわけであります。温暖化問題において、「美しい星50」というプランを日本が発表いたしました。これも私が申し上げている主張する外交の一環である。こう思うわけでございます。今後21世紀において外交分野においてこそ、まさに私たちは戦後レジームから脱却して、その呪縛を解き放ちながら私たちも堂々と世界のあるべき姿を示し、そして主張する外交を展開しなければならないんだろうなこう思うわけであります。そのなかでは当然、今後さらに世界で貢献を果たしていくためには憲法の改正が必要であろう、とこのように思いますし、また、憲法を改正しなくても、たとえば集団的自衛権の行使の問題があります。集団的自衛権の行使等々の問題について解決をしなければならないと思います。

 今、ソマリア沖の海賊の取締りについて、日本も貢献しようということを決めました。しかし、そのときに日本の船しか助けることができないということは、世界の常識に著しく反します。こういう不安を私が当局の人に申し上げましたら、「いや、安倍さん、そんなことはありません。日本船籍じゃなくてもいいんです。日本と契約関係にあればいいんです」と言うんです。日本と契約関係にある船であれば、助けることができる。これはまさにみなさん、机上の空論なんですよ。ある船が海賊に襲われている場面に海上自衛官が遭遇しました。では何をしなければいけないかといえば、その船に対して、こう聞くんです。「あなたの船は日本と契約関係がありますか?」もし、「ありません」と言ったら、「そうですか。じゃあ、頑張ってください」と言って、その場を立ち去ることがみなさん、できるんでしょうか。できるはずないじゃないですか。集団的自衛権の問題、海外での武器使用の課題については、安倍内閣時代に安全保障の法的基盤の構築に関する懇談会において、結論を出したわけでございました。いわばこれは、私は世界の常識に沿った行動であろう。世界の常識というよりも人間の常識です。近くで人が暴漢に襲われていたら、少なくても助けようとするのは当たり前ではないだろうか。その襲われている人物と自分との関係について、調べるなんていう人は恐らくいないでしょう。ですから、そこは今までの戦後の、まさにそれがわれわれが縛られてきたものではないだろうか、とこう思います。

 先ほどお話をしました。昭和天皇が御製を詠まれたあの昭和21年に、ひとりの日系アメリカ人の兵隊が占領軍の一員として日本にやってきたのです。名前はジョージ・アリヨシという人なんです。ジョージ・アリヨシさんはその後、実はハワイで日系人として初めて州知事になります。彼がこんなことを書いていました。ジョージ・アリヨシさんが勤めたのは丸の内の郵政ビルだったそうであります。このビルの前に常に一人の靴磨きの少年が立っていたそうであります。そして、この少年はいつも背筋を伸ばして、礼儀正しく、真面目に仕事をしていたそうです。しかし、身なりはたいへんみすぼらしくて、いつもお腹を減らしていそうだ。この少年に同情したアリヨシさんは、食堂に行ってパンにバターとジャムを塗って、サンドイッチを作って、それをナプキンで包んで、もって行って、少年に「食べなさい」と言って渡したそうであります。そうしたら、その少年はそのもらったサンドイッチを大事そうに自分の道具箱にしまったんですって。そこで、アリヨシさんは、この少年に、「何でいま食べないの、お腹減ってるんでしょう?」と聞いたそうです。そうしましたら、その少年は、「私には3歳の妹がいます。お腹を空かして家で待っていますからもって帰ってふたりで食べたいと思います。ありがとうございます」と礼儀正しくお辞儀をしたそうであります。このとき、アリヨシさんがどう感じたか。彼には日本人の血が流れているけれども、日本は惨めに戦争に敗れた。なんとなく日系人であることにコンプレックスを持っていたそうですありますが、しかし、「その少年を見て、自分にも同じ日本人の血が流れていることを誇りに思った」とこう書いてありました。この少年たちこそがこの日本の戦後の復興、中心を担ったのではないかな、そう思います。そして、この少年たちを作ったものは何か、育てたものは何かといえば、それはやはり私は日本の教育ではなかったか、とこう思うわけでございます。身なりはみすぼらしくても、いくら貧しくても、凛とした強さをもっているこの少年の優しさ、ジョージ・アリヨシさんは感動したのであります。

 今年の4月から、改正された教育基本法に則りまして、新しい学習指導要領ができました。その上に立って、新しい授業が行われることになります。理科、国語、算数といった基礎的学力は一割増になります。そして、週に2時間、道徳の科目が教えられることになるわけであります。残念ながら、いろんな経緯がありまして、教科化はできなかったのでありますが、とりあえずはまず2時間道徳の授業ができることになりました。そして、中学校では剣道や柔道といったそうした日本の武道がみなさん、必修科目になることになりました。ただもちろん、こうした教育をすべて学校に任せていては先生方も大変です。地域や家庭、社会、相互ぐるみで子どもたちを教育していくことが、大切ではないかな、そう思います。今この困難な、経済的に困難な状況にある日本のなかで、そのなかで大人がどういう行動を取るか、子どもたちは見ています。今こそ子どもたちにあるべき人間の、日本人の姿を示していかなければならないんだろうな、こんなように思います。

 しかし、まだ教育再生始まったばかりでありますし、これを進めていく上においても、いろんな抵抗がありました。たとえば、学習指導要領を変える際に、「君が代を歌えるように指導する」。こう学習指導要領に書いたんです。実は今までも君が代を教えるということは、学習指導要領に書いてありました。書いてあったんです。今までも。でも、なぜ授業で子どもたちは歌えるようにならなかったかといえば、この学習指導要領に君が代を教えるという風に書いてありますから、音楽の授業で「日本の国歌は君が代です。以上。終わり」で終わってしまったんです。だから、歌い方を教えなければ、歌えなかった。だから、学習指導要領に「歌えるように教える」とここまで書きました。ここまで書く必要ないとずいぶん文部省からも反対されましたし、あるいはまた、もちろん日教組からはたいへんな反対があったんですが、自民党のたくさんの若い議員が本当に頑張ってくれて、この学習指導要領を今申し上げたような方向で書き換えることができました。たとえば、防衛省や自衛隊といった存在の意義・意味、安全保障についても、教えていくことになりました。これもなかなか書き込むのに困難がありました。しかし、今まで何回も、中曽根総理時代にも臨教審を作って、立派な論文を出しました。小渕総理のときにも、教育改革国民会議を作りました。立派な論文ができた。しかし、残念ながら、教室は変わらなかった。これはやっぱりちゃんとフォローアップをしなければいけません。今回は基本法も変えましたし、関連三法も変えました。指導要領も変わったんですが、やっぱり本当に現場でちゃんと実際に行われているかということを私たちはよくみんなで見ていかなければいけないんだろうな、こう思います。

 来年にはこの2月11日、ほとんどの家庭でちゃんと国旗が掲揚されることを期待をしたいと思うわけであります。今こそ、繰り返しになりますが、この厳しいときにあるときこそですね、私たちはそれぞれの責任を果たしていくことによって、この困難を乗り越えていかなければならない、とこう思います。日本の欠陥を欠点を論(あげつら)うよりも、日本を貶めることに情熱を燃やすよりも、みなさん、日本の明日のために語ろうでありませんか。一緒に汗を流そうではありませんか。ともにすばらしい国を創るために頑張りましょう。どうもご清聴ありがとうございました。

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 また、日ごろ綴っております鄙見に対しましても、みなさまより分を越えた「ブログ拍手」をいただいておりますことをありがたく存じております。「ブログ拍手」という性質上、おひとりおひとりに謝意を表することは叶いませんが、いただいた一拍手一拍手の積み重ねをご高評のバロメーターとさせていただくことにより、日々指針に反省と修正を加えております。欠礼をご容赦願うとともに、厚く御礼申し上げます。

プロフィール

オーデーベース

Author:オーデーベース
 顔と名前をお見せするその日のために、鄙見を認(したた)めてまいります。市政か、県政か、あるいは国政かわかりませんが、愛する日本と故郷のために勇往邁進することをお誓い申し上げます。

 人ひとりにできることは限られております。あるいは遺産も功績も何ら残せずに終えてしまうかもしれません。ただ、あのころの先人はよくやったと後世に云われたとき、その十把一絡げにされた先人のひとりにでもなれたのなら、それは大変喜ばしいことであります。子孫に少しばかりはわれわれを顧みてもらいたいなどというおこがましい希望はだれにでも起こりうるのではないでしょうか。それは、おおいに欲深い願望なのかもしれません。しかし、先祖を回顧していないわれわれだけが回顧されようなどという考えそれこそがおこがましいものであるにちがいありません。

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