スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

異彩を放つブータンの近代化

 山の斜面に棚田が広がっている。多くの人たちが日本の着物に似た民族服「ゴ」や「キラ」を着ている。チベット系で仏教を信じるブータンの人々の顔つきや振る舞いは、日本人とほとんど変わらない。

 ヒマラヤ山脈東部の南面にある内陸国。中国と接する北部に7000㍍級の山々がそびえ、南方にはインドの大平原が広がる。

 1907年、現王朝のウゲン・ワンチュク初代国王が英国の支援を受け、各地の豪族をまとめて王朝支配を開始。10年、英国の保護領になった。

 英国のブータンとの関係は、戦後、英国から独立したインドに基本的に引き継がれた。ブータンは49年、インドと友好条約を締結。現在、インドはブータンに約700人の陸軍将兵を常駐させるなど、大きな影響力を持っている。

 ■つましい生活「幸せ」

 国家としての体裁がようやく整ってきた70年代、ジグメ・シンゲ・ワンチュク前国王は独自の国家理念として「国民総幸福」(GNH)を提示した。経済的な豊かさだけでなく、文化、伝統、環境など全体としてバランスの取れた「幸せ」を目指す考え方だ。

 実際、住民の86%が生活に「満足」と答えた最近のアンケート調査もある。政府のGNH委員会のカルマ・ツィティム長官(45)は「不況の影響なのか、過去3年でGNHへの世界の関心が急速に高まってきた」と話す。

 首都ティンプーから南に車で約30分のダンロ村の農家ルエンドルプ・ビダさん(44)宅を訪ねた。約300平方㍍の2階建てに、夫と子供4人と一緒に住み、田、畑、牛やニワトリなどを所有している。「ブータンでは中流」というビダさんの生活ぶりはつましいが、「家族が食べていくのに十分で、私は幸せ」と断言した。

 8畳程度の仏間があり、居間に国王の写真が10枚飾られていた。農作業が忙しい時は隣人と協力し合うという。伝統的な価値観や人間関係を大切にし、そこそこの生活ができることに「幸せ」を見いだしているように見えた。

 ■ネット解禁 若者は都市へ

 ただ、ブータン流の生活にも変化が訪れている。99年にテレビ放送とインターネットが解禁された。情報化が進み、都市生活の魅力が伝わりやすくなったためか、農村出身の若者の多くは都市部で仕事を探す傾向が強まっている。この結果、ティンプーは人口が急増、建築ラッシュに沸いている。若者や観光客相手のカラオケバーやディスコが続々開業している。

 ツィティム長官は「文化や伝統を失わず、いかに近代化を進めるかがカギ」と話すが、そのかじ取りは難しさを増している。(新居益、写真も)(10日付読売新聞「どんな国? ブータン」)


 書店を巡回していると、ブータンに関する書籍が多いのに驚く。そのいずれもが「幸福大国・ブータン」という切り口で語られている。ブータン王国とは、中印の狭間に位置する南アジアの国家で、面積は日本の九州程度、人口は92万人を抱える。そのうち約8割がチベット系、残りの2割がネパール系で、チベット仏教を国教とする唯一の国でもある。

 押し寄せる近代化の荒波に対し、それを受け入れつつも、独自の伝統や文化を守ろうとするブータンのあり方は、同じ東洋に位置する国家として学ぶべきことが多い。戦後日本は前者に力点を置きすぎたあまり、後者を疎かしてしまった過去を持つ。こうした自省の念からも今後、ブータンに送られる視線は、熱さを増していくだろう。

 ブータンでは、前国王の提唱により、国民総生産(GDP)に代わる概念として、国民総幸福量(GNH)が取り入れられた。国民全体の幸福度を示す尺度で、これまでにない新しい捉え方だ。この試算によると、ブータン国民の幸福度は、実に98%に達したこともあるという。「GNHでは、どこの国にも負けない」と国王が自負するように、国民は挙って「幸福大国」を自任しているようだ。

 昭和天皇崩御の際には1ヶ月間、喪に服したというブータン。大喪の礼には、国王ご自身が参列された。日本に経済協力という見返りを求めて参列する、いわゆる「弔問外交」を行う首脳が多いなか、ブータン国王は大喪の礼にのみ出席され、帰国なさったという。理由はこうだ。「日本国天皇への弔意を示しに来たのであって、金の無心に来たのではない」。

 その際、ブータンの正装である刀が銃刀法違反で没収され、国王が刀を身に付けられない事態が起こった。ブータン国民はそんな国王のお姿を見て、嘆き悲しんだという。日本においても終戦直後、アメリカ大使館を訪問された昭和天皇とマッカーサー司令官を写した写真が不敬罪に当たるとして、東久邇宮稔彦(ひがしくにのみやなるひこ)王内閣が新聞掲載を禁じたことがある(のちにGHQによって許可)。歴史や伝統、文化を重んじる両国であり続けられるよう日本も努力していきたい。
スポンサーサイト

オバマは法王と面会せよ

 チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世(以下法王)が、今月16日から10日間にわたって訪米する。その際、オバマ大統領と面会するか否かで揉めているそうだ。チベットの一挙手一投足に敏感な中国政府が、気を揉んでいるのだという。2008(平成20)年4月に法王が来日された際、ときはチベット騒乱の最中(さなか)であったが、当時の首相があいにく福田康夫元首相だったこともあり、日本の有力者との面会は設定されず、成田空港にて安倍晋三元首相の夫人・昭恵氏と会談するにとどまった。

 また、今月2日には、法王の特使と中国幹部との会談が行われた。ダライ・ラマ側が「高度な自治」を求めたのに対して、中国側は従来どおりの強硬姿勢を貫いたという。中国側は、法王とオバマ大統領との面会を牽制する意図があったものと推測できる。この会談に関する記者会見でも、中国共産党統一戦線工作部の朱維群(しゅいぐん)副部長は、「毛沢東主席とも会ったことがある。われわれは(ダライ・ラマ)の長寿を願っているが、生きているうちに、自分の前途の問題を解決することを希望する。将来も国外を歩きまわるなどということは、やめてほしい」とこの面会に不快感を示している。このようなときこそアメリカ側の勇気ある決断が待たれる。日本の反省も含めて、ぜひ面会を実現していただきたい。

 ■ノーベル平和賞受賞者バラク・オバマ

 このところ、米中関係はぎくしゃくしている。台湾への武器売却やアメリカの大手インターネット検索サイト・グーグルの撤退問題などがその原因だ。不透明な軍事費の増大に加えて、天安門事件以後も繰り返されるチベットやウイグルでの大規模な弾圧などの人権問題を考えれば当然だろう。また、2008(平成20)年の馬英九(ばえいきゅう)政権樹立後、急接近した中台関係を牽制するねらいもあるかもしれない。クリントン、ジョージ・ブッシュ両大統領時代と異なり、初めから融和一辺倒だったオバマ政権にも微妙な変化が見て取れる。ではあるが、そんなときこそ同盟をより強固なものにしておかなければならないはずの日米関係も暗雲が漂う。鳩山由紀夫政権誕生後は、普天間移設問題で迷走するなどアメリカとの関係は、総じてよくない。だが、チベットや台湾を屈辱から開放するためには、日米の連携は欠かせない。「融和」や「友愛」ということばで国際関係が片づくわけではない。みな自国の生存競争に必死だ。日米同盟は往々にして国益を共にし、Win-Winの関係を構築できる。中国の膨張を抑えるために連携を強めたい。

 1950(昭和25)年、中国人民解放軍による侵攻を受け、制圧されて以降、チベット人は、1956(昭和31)年のチベット動乱、先のチベット騒乱と中国の支配にあえいできた。近年では、青蔵(せいぞう)鉄道開通に託(かこつ)けて、数の力で勝る漢民族を次々にチベットに流入、チベット仏教や文化を根こそぎ破壊していこうとしている。長い伝統・文化を持つ日本人としても、心痛む同化政策である。チベットは中国の一部ではない。チベットはチベットである。チベットでしかない。

 法王は過去に、ブッシュ大統領やドイツのメルケル首相ら各国の首脳とも会談している。聞くところによると、オバマ氏はノーベル平和賞を受賞したらしいではないか!満面の笑みで受けてしまった以上、会わない手はない。

 ■思い出すのは李登輝氏来日問題

 相手は違えど、中国絡みで思い出すのはこの問題だ。2001(平成13)年、台湾の李登輝前総統(当時)が、持病の心臓病治療のために訪日する際、李登輝氏へのビザ発給の是非をめぐって、政府内はふたつに分かれた。中国の顔色をうかがう河野洋平外相や福田官房長官、外務省の槙田邦彦アジア大洋州局長などが、白(しら)ばくれたり、虚偽の報告を行ったりとあの手この手でビザ発給に反対した。最終的には、森喜朗首相(いずれも当時)の英断でことは解決したものの、李氏にしてみれば、かつての祖国・日本で病気療養すら思い通りにいかないのは、さぞ悲哀なことだったであろう。日本を愛し、慕い、懐かしむかつての同胞が入国すらままならないのである。そのときの李氏の気持ちは、察するにあまりある。痺れを切らした台湾の実業家・蔡焜燦(さいこんさん)氏は、このような態度に出た政治家や外交官に対して反日運動を行いたいというようなことをおっしゃっていた。もっともなことである。河野氏が土下座すべきは、東に向かってではない。

 農村の疲弊と郡部の鬱屈は、暴発を誘いがちだ。この点は北朝鮮も同じだが、これほど多種多様な民族を抱え、それに対する圧政を敷いてきた中国が、ひとたび混乱に見舞われれば、大規模化は不可避で、収拾がつかなくなる。そうならないために、そうさせないためにも、さまざまな問題を抱える中国には、いっそう厳しい目線を向けていかなければならない。
来訪者数
滞在者数
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カレンダー
09月 | 2017年10月 | 11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
挨拶
 平素より小欄をご尊覧賜っておりますこと心より感謝申し上げます。

 また、日ごろ綴っております鄙見に対しましても、みなさまより分を越えた「ブログ拍手」をいただいておりますことをありがたく存じております。「ブログ拍手」という性質上、おひとりおひとりに謝意を表することは叶いませんが、いただいた一拍手一拍手の積み重ねをご高評のバロメーターとさせていただくことにより、日々指針に反省と修正を加えております。欠礼をご容赦願うとともに、厚く御礼申し上げます。

プロフィール

オーデーベース

Author:オーデーベース
 顔と名前をお見せするその日のために、鄙見を認(したた)めてまいります。市政か、県政か、あるいは国政かわかりませんが、愛する日本と故郷のために勇往邁進することをお誓い申し上げます。

 人ひとりにできることは限られております。あるいは遺産も功績も何ら残せずに終えてしまうかもしれません。ただ、あのころの先人はよくやったと後世に云われたとき、その十把一絡げにされた先人のひとりにでもなれたのなら、それは大変喜ばしいことであります。子孫に少しばかりはわれわれを顧みてもらいたいなどというおこがましい希望はだれにでも起こりうるのではないでしょうか。それは、おおいに欲深い願望なのかもしれません。しかし、先祖を回顧していないわれわれだけが回顧されようなどという考えそれこそがおこがましいものであるにちがいありません。

ご意見・ご感想
 「FC2公式メールフォーム」を使用している都合上、ご入力いただく項目はすべて必須入力となっておりますが、お寄せいただいたご意見やご感想をご本人様に断りなく公開させていただくことはございません。

 みなさま方の忌憚のないご意見とご感想をお待ちしております。

お名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
リンク
バナー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。