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中川昭一さんの御霊の安らかならんことを祈って(16)

 8月中旬一週間程休みが取れました。

 目標は、①都内ホテルで3日間家族旅行、②スポーツ、③溜まりに溜まっている読書、④庭の手入れでした。

 しかし、結果は②はテニスが一回だけ。その代わり一回泳いだ。④はくらくらしながらなんとか数回やった。何株かの「ミニバラ」に「つぼみ」がつき始めたがバラはとても気難しい。野菜の苗が少しずつ成長している。これから期待の「コスモス」が暑さと水不足でやられた。花の手入れはつくづく難しい。日々草は元気に咲き続けている。(2007〈平成19〉年8月21日付中川昭一公式サイト「夏休み(8月21日)」より)


 11月8日、中川昭一さんも育てておられたミニバラを購入。すでにいくつか咲き始めており、つぼみも宿していた。が、土が不足していたため、なかなか植えられないでいると、まったく機嫌を損ねてしまった。植えてひと月が過ぎても、まだ恢復しない。

 さて、去年のチューリップに続いて、今年の球根にはスイセンを選んだ。もちろん、チューリップも数株は植えた。

 植物はわれわれのように生きることに執着せず、枯れては自然に還っていく。もしかすると、植物が枯れることは生気を失うというだけであって、死ではないのかもしれない。

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中川昭一さんの御霊の安らかならんことを祈って(15)

 10月3日、あるいは56歳と聞けば、思い出さないことはない。本日をもって、中川昭一さんが亡くなられて1年の歳月が流れたことになる。昨年のいまごろ、苦悶のなかにあられたことに思いをいたすと、発狂しそうな心地である。

 さて、この1年で日本はどこへと向かったか。生前、中川さんが警鐘を鳴らし続けた自虐史観に今年も総理は心を奪われ、中川さんが尽力した東シナ海ガス田も日に日に中国のものへと化している。領土は今年も戻らない。主権は当然のように侵され、邦人は隣国の「罠」にかかったままだ。この無様な日本を見て、中川さんはいったい何を思う。

 一周忌を迎えた本日、「中川昭一公式サイト」が「中川昭一ライブラリ」へとリニューアルされた。夫人の郁子さんは「将来的には中川が、水 農林水産 金融財政 防衛等のテーマについてこつこつと整理した約100冊の資料ファイルも公開し、一つの『資料館』の形にして行く」と意気込みを語る。悲しみ癒えぬなか、ただ後世のために、と献身くださるご家族には、まったく頭の下がる思いである。壮大な構想を実現へと漕ぎ着けていただきたい。

 また、既刊『飛翔する日本』(講談社インターナショナル、2008)が郁子夫人のご挨拶を加えた特別版として増刷されること、アルバム『一意専心』が11月初旬に中川事務所より発行されることも併せて発表された。『一意専心』とは、ひとつのことにひたすら打ち込むことを意味する。中川さんの座右の銘だ。前者はすでに拝読したが、後者も日本を考える上で、マストな書籍になるものと思われる。

中川昭一さんの御霊の安らかならんことを祈って(14)

 本日7月19日は故中川昭一元財務・金融相のお誕生日です。

 法相・千葉景子氏も熱心に成立を目指している人権侵害救済法案(人権擁護法案)に対して、平沼赳夫元経済産業相や古屋圭司元経済産業副相らとともに、懸命にその成立を阻んできたのが中川氏であります。

 以下、2008(平成20)年3月10日に憲政記念館で行われた「所謂『人権擁護法案』再提出に対する要請受付国民集会」における講演内容です。

 みなさま、こんにちは。中川昭一でございます。本当に大勢のみなさま方がこうやってお集まりいただき、壇上にいると、みなさま方の表情がよくわかるわけでございます。ですから、学生時代、隠れて弁当を食べていたのがずいぶんばれていたんだなぁということをよく最近痛感するわけでありますけれども、今日はおひとりおひとりが本当に真剣にですね、国家のこと、そして本当の意味の人権とか、表現の自由とか、言論の自由は何なのかということをお考えになって、だからこそこんな法律ができたら、とんでもないことになるということで、お集まりいただきましたみなさま方に改めて私自身もお力をいただきますことを心から厚く感謝を申し上げます。

 中身の不可解さについてはもうお話がございましたし、これからもあると思いますので、私がそれ以外に不思議に感じていることをふたつ申し上げさせていただきたいと思います。ひとつは人権はもちろん大事でありますから、長い人類先輩方の歴史のなかで、闘って勝ち取られたものでございますから、真の人権はきちっと保護されなければなりません。そして、本当に人権侵害があれば、それに対しての処罰というものもあるわけであります。

 日本の法体系におきましては、罰というのは大きく分けて3つあって、刑事罰とそれから罰ではありませんけれども、民事上の損害賠償とそれから行政罰というのがあります。行政罰というのは、経済行為等々での罰則などがございますけれども、一番守るべき人権を侵害したとするならば、これは重大な犯罪であり、権利侵害であるにもかかわらず、なぜかこの刑事というものをすり抜けて、すり抜けて、この法律を作ろうとしている。これが私には不思議であり、胡散臭さを感じざるをえないわけでございます。いま、先生方からもお話ありましたが、先日の会合で、この点を私は法務省の人権擁護局に「なぜ本当に重大な侵害であるならば、警察とか、刑事局とかそういった分野を入れないんだ?」という風にしつこく聞きましたけれども、いまお話しありましたように答えはしどろもどろ。あえて刑事局や警察を入れさせたくないという何かの思いがあるに違いないと私は確信したところであります。都合が悪いんだろうと思います。胡散臭いんだろうと私は推測をいたします。

 もうひとつ、不可解に感じておりますのは、私はホームページでいろいろ思っていることを書いたり、あるいは新聞やテレビで発言をして多くの国民のみなさま方から毎日毎日それに対してのご意見をたくさんいただいております。ほかの案件でありますと、中川賛成、中川反対。いろんな意見をいただきまして、たいへん勉強になる。本当に健全なみなさま方のご指導をいただきながら、考え方を修正したり、また説明不足だったなぁと思うこともあるわけでございます。しかし、この人権擁護法案反対につきましては、反対だという全国数多くのみなさま方から毎日数十通のメールをいただいておりますけれども、お前の考えはおかしいとか、人権擁護法案に賛成してくれというメールがただの一件も現時点においてないのでございます。私はいつも大変なお叱りを受けるメールをしょっちゅういただくわけでございますけれども、これ関しては激励をたくさんいただき、たいへんうれしいと同時に、お叱りが一件もないという、不気味さ、そしてまた胡散臭さを感じているわけでございます。真剣にそう思っているのです。なんとなく不健全だなぁ、と。

 そこで思い出しました。この法律ができると、中川昭一も島村先生も平沼先生もここにいる壇上の先生方も多くの国会議員も「まぁ、3日か1週間で政治生命を終わらせてやるさ」といっている人がいるんだそうでありますんで、それと併せ考えますと、「まぁ、どうせあいつらもういなくなっちゃうんだから、いまのうちに好き勝手させておこうや」といってあえて中川にそういったようなメールを出さないのかなぁという風にすら考えざるをえなくなってきております。私もずいぶん疑り深くなったなぁ、いう風に自分を恥ずかしく思うわけでありますけれども、それほど不気味に思っているわけでございます。それほど不気味に不可解にこの法案の審議・手続きが私どもの見えないところで、いまもなお進められている可能性があるのでございます。

 日本の歴史のなかで、本当に恥ずかしいことのひとつとして、治安維持法というものがございました。国家の特定の方向に逆らうものは、自由主義者であっても、芸術であっても、すべて特高警察が取り締まったということであります。私はその時代を知りませんから、そういう風に学んだところでございます。しかし、21世紀、平成の世において、人権という名において、好き勝手に人権擁護委員、人権委員に特高警察のように権限を与える。平成の治安維持法がまさに成立せんとすることをわれわれは断固阻止することがわれわれの国民、子どもたちに対しての責任だということをお誓いを申し上げまして、私の挨拶を終わります。ありがとうございました。

中川昭一さんの御霊の安らかならんことを祈って(13)

 ■12月28日

 どこへ行っても品切れで、今季はもうダメかと思っていた年末、ふと立ち寄った本屋さんの階下に小さな花屋さんがありました。ユリやスイセンが居並ぶなか、チューリップが小さな袋にひとつ残っていました。数は4つ。種類は「赤に白履輪種」。生産地は富山県。

 ■2月21日

 お店のおばさんには、「年が明けたら植えてね」といわれていたにもかかわらず、時機を逸してしまい、とうとう今日まで植えられずにいましたが、芽が出始めるものもあったため、駄目で元々植えてみました。「平沼、麻生、中川、安倍」とだけ名づけておきました。

 ■3月13日

 すべての球根の発芽を確認。

 ■4月22日

 一輪が開花。

 ■4月28日

 すべてのチューリップが咲きました。わずか2ヶ月で咲いたのは、植物の生命力の強さと悪天候のわずかな恩恵です。

 ■5月7日

 花が咲くのは短いですが、美しく咲くのはなお短い。もう少ししっかり咲いてから……と思っていたら、すでに花弁は濃紅色へと変色してしまっていました。

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中川昭一さんの御霊の安らかならんことを祈って(12)

 「週刊文春」12月31日・1月7日特大号(12月24日発売)には、「中川昭一夫人が明かした『亡くなる前の息子への頬ずり』」と題された中川郁子氏へのインタビュー記事が掲載されておりました。

 二〇〇九年十月三日に帰らぬ人となった中川昭一元財務相。二月のローマでの酩酊会見の後、「ガンバレー、日本一!」「頑張れ、頑張れ、大丈夫!」と夫を励ました妻の郁子(ゆうこ)さん(50)が、昭一氏の死後初めて、ロングインタビューに応えた。

「先日、遺品を片付けていたら、子どもの頃からの膨大な日記やメモが見つかりました。もともと、箸袋にも書きとめるくらいのメモ魔で、読んだ本の感想を書いたものも随分あります。本にはマーカーがびっしりと引かれていて、本当に勉強が好きな人でした。財務・金融大臣時代の仕事のファイルも、段ボールで五箱分も残されていました」

 国会会期中は、夜中に財務省の担当者が自宅ポストに、翌日の資料を投げ込むのが慣例だった。中川氏は夜のうちに、それに必ず目を通していたという。

「二階の書斎からチラチラ外を見ては、何度も玄関に降りていく。根が真面目なので、読まないと寝られない。金融危機の最中はほとんど眠る時間がとれず、それが過度のストレスになっていました」

 酩酊会見の後、帰国した中川氏は、成田空港で車に乗ったところで、夫人に電話をかけてきた。

「『あなた、大変なことになってるわよ!』と言うと、『何が?』とまるで知らなかった。家に帰ってからは、本人が苦しそうな顔をしていたので、私は何も言えませんでした。あの騒動の時に考えていたのは、何を言われても総選挙で結果を出さなければ、ということだけでした。

 落選した後は、『やけ酒の日々』などという報道もされました。たしかに飲んではいましたが……、“やけ酒”という感じではありませんでした。さすがに落ち込んでいるときもありましたけど、亡くなる直前は、再起に向けて気持ちを切り替えていたのです。高校生の長男(17)に珍しく頬ずりなどして、『心配しないでいい。おれはまだやることがたくさんあるんだから』と力強く語っていましたから。

 娘については、(勤務先の)フジテレビの判記者を捕まえては、『あいつはボーイフレンドはいるのか?』と、こっそり尋ねることもあったそうです。シャイな人だったので、家ではそんな素振りは、おくびにも出しませんでしたが……」

 すでに地元の講演会は、役員が全員辞任し、百二十ある拠点を順次解散していく予定だ。後継者の目途も立っていない。郁子夫人、あるいは長男か長女が跡を継ぐ、という報道もあるが。

「そんなこと、何も考えていません。私がなんて話はまったくないし、息子はまだ高校生ですから(笑)。そもそも中川は子どもの将来について、『好きなことをすればいい』と本人任せでした。政治家になれと言ったことは一度もありません。よく言っていたのは『勉強をしなくてもいいから、本は読め』。子どもたちに、自分の考えをしっかり持った人間になってほしかったのだと思います」。


 ご家庭での様子をうかがい知ることのできる数少ない貴重なインタビューであります。さぞお力落としのことと思いますが、インタビューに応じてくださった郁子夫人には、心から感謝申し上げます。

 本文中にもあるとおり、やはり大量のメモを遺して逝ってしまったようであります。「読んだ本の感想を書いたものも随分あ」るとのことで、ぜひ落ち着きましたのならば、一般に、遺志を継がんとする若者に公開していただきたく存じます。

 ストロスカーン専務理事をして「人類史上最大の貢献」と言わしめたIMFへ融資の裏には、弛(たゆ)まぬ努力があったことを再確認させられます。宋文洲氏との共著『どうした、日本―中川昭一と宋文洲の不愉快な対話』(ダイヤモンド社、2008)のなかでは、緊急経済対策の研究をしていると話していました。たしか対談が行われたのは3月。麻生太郎氏にこのとりまとめを提案したのが、その前年の10月だ。したがって、麻生内閣が組閣され、緊急経済対策がはじまる1年前から着々と政策を練っていたということになる。本当に頭の下がる思いであります。

 そして、「勉強をしなくてもいいから、本は読め」との方針――「勉強しなくてもいいから、本読め」では大違いである。世の中、勉強だけではない。「自分の考えをしっかり持った人間」こそが日本を支え、世界を拓く。子どもを持ったのなら、ぜひともかけてあげたいことばであります。

 余談だが、前述の『どうした、日本―中川昭一と宋文洲の不愉快な対話』のなかでも、

「子どもたちはパソコンと携帯電話に触れている時間が長いでしょう?うちの子どもを見ていてもそうですよ」

「活字のホームページを見ているだけならまだいいですが。それにしても今の子どもたちは本を読まないよね。最近はケータイでも読めるらしいけど。戦前の学生たち、帝国大学の学生などをはじめとして、昔の人たちはめちゃくちゃ本を読んだものです。しかも原書でね」

「僕はたまに言うだけだからなかなか理解されない。最近では、歴史漫画でもいいから本を読んでほしいと思いますよ」

 と嘆いておられましたし、以前紹介したコラムでも次のように述べられております。

 私の大好きな作家、林真理子さん(実家は本屋さん)が新聞に書いていました。登校拒否になった林さんにお母さんが言いました。「それなら本を読みなさい。1冊の本は一つの学校なのだから」いいアドバイスだと思います。

 それにしても我が子は本を読みません。もったいないと思います。本は無限です。いつでも、どんな気分・状況でも本は付き合ってくれます。文字と印刷技術を確立した先人に改めて感謝しています。(2007〈平成19〉年8月8日付中川昭一公式サイト「頂いたメール(7月11日)への回答:読み終わった本について」より)

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プロフィール

オーデーベース

Author:オーデーベース
 顔と名前をお見せするその日のために、鄙見を認(したた)めてまいります。市政か、県政か、あるいは国政かわかりませんが、愛する日本と故郷のために勇往邁進することをお誓い申し上げます。

 人ひとりにできることは限られております。あるいは遺産も功績も何ら残せずに終えてしまうかもしれません。ただ、あのころの先人はよくやったと後世に云われたとき、その十把一絡げにされた先人のひとりにでもなれたのなら、それは大変喜ばしいことであります。子孫に少しばかりはわれわれを顧みてもらいたいなどというおこがましい希望はだれにでも起こりうるのではないでしょうか。それは、おおいに欲深い願望なのかもしれません。しかし、先祖を回顧していないわれわれだけが回顧されようなどという考えそれこそがおこがましいものであるにちがいありません。

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