皇室論
わが国民の間では、天皇をイギリス女王やローマ法王が唯一畏れる天の思し召しを受けた神であると捉えることが少なくないが、そういう彼らのなかにも宗教に対する軽侮と嫌悪の念を抱いているものが少なくない。信仰を嘲るものがなぜこの境地に達せられるか、私には理解できない。「彼ら」とは、別に戦前・戦中世代のことでない。多くは開眼した若者のことである。ところが、彼らが育った時代の風からは、容易にこの解を導き出せない。それなのに……となると、結局は単なる「反動」との印象を感じざるをえないのである。私は皇室や王室、それに聖職者(プリースト)に対しては、各文化・文明・宗教の誇りとして、最大限尊重すべきだと思っている。
さて、伝統を受け継ぐ皇室は、その大部分の歴史と同じようにあられるのが望ましいのではないか。天皇を政治的動乱のたびに担ぎ出し、利用してきたいっときは、日本本来の姿とはいいがたい。威光を発しつつも、政治とは一定の距離を置く、これが皇室だったのだ。となれば、ここに回帰するのが真の保守というものではなかろうか。そのひとつとして、天皇が喧騒の東京から静寂の京都へとお戻りになられるというのはいかがだろうか。もともと天皇が現在の皇居(江戸城)に住まわれたのは、仮のお住まいとしてである(東京奠都)。当初は、京都御所にお戻りになられるつもりでいたにちがいない。天皇がこのことについてどうお考えになるかはわからないが、「歴史のなかの皇室」に戻る妙案のひとつだと思う。
わが国の伝統や文化の多くは、天皇と密接な関わりを持つ。天皇は日本の土着的宗教・神道の祭司であったのだ。五穀豊穣を祈る祈年祭にしても、収穫を祝う新嘗祭にしても、天皇抜きには成り立ちえない。天皇はわが国の権威であるとともに、歴史・伝統・文化の創造主だったのである。さあ、われわれは勇気と自信を持って、この原点に帰って行こうではないか。
この名古屋でも拉致は起こっている
布施さんは名古屋市内でプレハブ工事のアルバイトをしていたが、1977(昭和52)年3月に預金通帳やスーツケース、沖縄県行きを伝える手紙を妹に送ったのを最後に、忽然と姿を消した。
その後、同調査会に匿名で「布施さんに似た日本人が、ピョンヤンで働いているのを見た。何かを作っている仕事だ。物静かで、関西方面のなまりがあった」など北朝鮮での目撃情報が計6回も寄せられている。そのいずれも正確性が高いとみられている。
布施さんと北朝鮮の接点は失踪以前にあった。名古屋の住居が朝鮮総連関係者が経営するアパートだったのだ。大家は現在も生き長らえているが、同調査会の関係者が訪れても、「私は何も知らない」とうなだれるばかりだという。
2005(平成17)年には、布施さんの両親が山形県警に国外移送目的略取容疑の告発状を提出。現在も消息は不明だ。拉致に関わった在日朝鮮人や日本人は、良心に従い、どうか告白してほしい。拉致被害者の親に残された時間は本当に少ない。
国家政策院と国内政策院による二元代表制
2つ目は地方の声を国に上げること。農業の荒廃や産業の疲弊への対策、インフラ整備の要望などがそれだ。しかし、今いる多くの議員は、日本国民の代表としての最大任務、すなわち国家の懸案を無視して、この2つ目の課題ばかりに目が行きすぎていやしないだろうか。地元の有権者は自らの利益に直接つながるから議員に陳情し、議員も票に直接つながるから積極的に請け負う。「自由委任の原則」もへったくれもない。そして、選挙では地元に多くの公共事業を誘導したものが、その腕を買われて当選し、外交や防衛に汗を流したものは落選する。このような出世ルートこそが利権の最大の温床になり、国家そのもののために働かない議員を多数国会に送り出し、日本を弱体化させている大きな原因となっている。
民主党をはじめとする元野党は、年金や医療、福祉といった「国民生活」に関する事柄ばかりを主張するが、それを議論する前には当然、「国民生活」の基礎である国家の最重要課題に対する信念、確固たる国家観を持っているという大前提があって初めて成り立つ。冷戦が終わっても、いまだ日本にはイデオロギーの対立というべき問題があちこちに転がっている。これを改めずして、最優先でない課題ばかりを選挙の看板にかけるのはいかがなものか。それはある程度まともな二大政党が確立し、そのうちリベラルな党であっても、日本を売らない覚悟と気概があってこその議論であろう。国を守るために保守的な政策をとるか、革新的な政策をとるかではなく、国を守るか、売るかというさらに低次元な選択を選挙のたびに迫られている日本にはあまりに尚早だ。最重要課題に対する基盤ができ、二次的な重要課題を選挙の本丸に据え置けるような国になれるかは、ひとえに有権者である日本国民の質に委ねられている。
ここで道州制を導入して、十前後の道州の代表が国益の範囲内で道州の権益を奪いあったらどうか。そして、国会議員ははじめに挙げた国家的な課題のみを解決する。このような制度に改革した方が国にとってはもちろん、地方にとっても有益ではないか。そこで本題のように、国会を国家政策院(国政院)と国内政策院(内政院)に再編し、二元一院体制にする。国家規模の戦略を担う国政院と十前後の道州の代表が合議によって取り決めを行う内政院だ。
政経塾とはこの程度
野田佳彦首相の資金管理団体が、在日本大韓民国民団(民団)関係者ら在日韓国人2人から計約30万円の政治献金を受け取っていたことが2日、産経新聞の調べで分かった。献金者本人が取材に外国籍であることを認めた。外国人献金が野田首相にも発覚したことで新政権への影響は必至だ。
政治資金収支報告によると、献金を受けていたのは、野田首相の資金管理団体「未来クラブ」(千葉県船橋市)。献金をしていたのは船橋市と同県松戸市に住む在日韓国人で、いずれも会社役員の男性。ともに「通名」である日本名での現金支出となっていた。
船橋市の男性は平成13〜15年にかけ、計15万8000円を献金。男性は当時から現在まで民団地元支部で役員を務めている。男性は「(野田氏が)街頭演説をやっていて、よく頑張っていると感じて応援するようになった。選挙のときには、選挙事務所の立ち上げにも行ってお会いするようになった」と野田首相との面識を認めた。
野田首相は21年10月、千葉で催された「韓日友好イベント」に出席し、政権交代をもたらした衆院選について、「千葉民団の皆さんの力強いご推挙をいただき、力強いご支援をいただきましたことを、心から御礼申し上げたいと思います」と謝辞を述べている。(3日付産経新聞「野田首相も外国人献金 民団関係者らから30万円」)
野田佳彦首相の資金管理団体が在日本大韓民国民団(民団)に所属する在日韓国人2人から計約30万円の政治献金を受け取っていたことが2日、わかった。在日外国人の政治献金をめぐっては、3月に前原誠司外相(当時)の政治団体が京都市に住む在日韓国人女性から計25万円を受け取っていたことが発覚し、外相を辞任。その後、菅直人首相(当時)にも同様の問題が発覚したが、3月11日に発生した東日本大震災により、命拾いしている。ただ、8月末には、前原氏の問題が再燃しており、問題は収まりそうにない。
記事にもあるとおり、野田首相は2009(平成21)年10月の「韓日友好イベント」で、「千葉民団の皆さんの力強いご推挙をいただき、力強いご支援をいただきましたことを、心から御礼申し上げたいと思います」と謝辞を述べたという。これは赤松広隆農林水産相の発言「鄭進団長をはじめ民団の皆さまには昨年、特にお世話になった。投票はしてもらえないが全国各地でいろんな形でご支援いただき、308議席、政権交代につながった」「民主党中心の政権で地方参政権問題が解決するとの思いで応援してくれたと思う。その意味で公約を守るのは当たり前だ。本当にあと一歩。感激でいっぱいだ」(平成22年1月12日)と同種のもので、日本国民に対する裏切り以外の何ものでもない。だいたい「韓日」とはなんだ。そんなイベントに参加する時点で、私は彼の動機を疑う。いずれにせよ、外国人献金は内閣総辞職、議員辞職を免れない立派な犯罪である。犯罪者である首相が法治国家において、これ以上居座ることは許されまい。
野田内閣誕生について
菅内閣の総辞職を受け、国会は30日午後、衆参両院本会議で首相指名選挙を行い、民主党の野田佳彦代表(54)を第95代、62人目の首相に指名した。
衆院では、野田氏が308票の過半数を得て、首相に指名された。
一方、参院は1回目の投票で、野田氏が108票、自民党の谷垣総裁が85票を獲得したが、過半数に達せず、両氏による決選投票の結果、野田氏が110票、谷垣氏の107票を上回り、首相に指名された。決選投票では白票が24票あった。野田氏の首相指名が正式に決まった。(30日付読売新聞「第95代首相に野田民主代表を指名」)
民主党の野田佳彦新代表が28日、第95代内閣総理大臣に指名された。野田氏の国家観や政治思想に対する評価は分かれるが、彼の歴史認識には首肯する点も少なくない。
2005(平成17)年の小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝に対しては、「極東国際軍事裁判に言及したサンフランシスコ講和条約第十一条ならびにそれに基づいて行われた衆参合わせ四回に及ぶ国会決議と関係諸国の対応によって、A級・B級・C級すべての『戦犯』の名誉は法的に回復されている。すなわち、『A級戦犯』と呼ばれた人たちは戦争犯罪人ではないのであって、戦争犯罪人が合祀されていることを理由に内閣総理大臣の靖国神社参拝に反対する論理はすでに破綻している」と一見、小泉首相を擁護するかのような発言に取れるが、「『A級戦犯』を『戦争犯罪人であるという認識をしている』と述べ」た小泉首相のアンチノミーを痛烈に質したのだった。
それだけでなく、「『平和に対する罪』『人道に対する罪』に該当する『A級戦犯』とは、極東国際軍事裁判当局が事後的に考えた戦争犯罪の分類であり、法の不遡及や罪刑法定主義が保証されず、法学的な根拠を持たない」「『南京大虐殺二十数万」や「日本のソ連侵略」等の虚構も含め、満州事変以来一貫して侵略戦争を行っていた」(いずれも2005年10月17日付質問主意書「『戦犯』に対する認識と内閣総理大臣の靖国神社参拝に関する質問主意書」より)とする戦後の解釈に疑問符を付けたのだった。
こうした歴史認識に賛同する一方、帰化手続きの簡略化を訴えるなど在留外国人に対する政策には疎く、日本の文化・伝統の重きを受け止めているとはいいがたい。とはいえ、願わくは自民党との大連立を経て、衆議院を解散。明確な争点を軸に、政界再編、総選挙を実施してほしい。ただ、この「明確な争点」――これが消費税の増税になる可能性が高い。というか、野田氏の頭にはいま、それしかない。たしかに、東日本大震災を経ての増税論は傾聴に値するが、野田氏はあくまで一貫した増税論者。いささか短絡的過ぎやしないか。むしろ、憲法に対する認識を問うことが国家百年の計に値する「明確な争点」となる。


